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長閑なる反目
のどかなるはんもく
作品ID51835
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集4」 岩波書店
1990(平成2)年9月10日
初出「改造 第十一巻第一号」1929(昭和4)年1月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-15 / 2014-09-16
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


人物
保根
もえ子
野見
丸地
くみ
美奈子


[#改ページ]


第一場

保根の家――八畳の座敷――机が二つ部屋の両隅に並んでゐる。

保根は一方の机に向つて、何か調べものをしてゐる。
野見は縁側に座蒲団を持ち出して日向ぼつこをしてゐる。

野見  この家もわるくはないが、折角、これだけの庭があるんだから、もう少しなんとかできないもんかな。せめて、季節季節の花だけでも欠かさないやうにするんだね。椿、躑躅、ぼけ、こんなもんなら、一株二十銭も出せば、臍までぐらゐのやつがあるよ。
保根  ……。
野見  おれはいろいろ考へて見てるんだが、君たちの生活には、もう少し変化があつていゝよ。それは、今にはじまつたことぢやない。君が毎日勤めに出てゐた頃からさうだ。朝きまつた時間に出て、晩きまつた時間に帰つて来るのはいゝさ。しかし、それが機械のやうに正確だと、少し退屈だよ。お互にね。もえ子さんにしてもさうだ。朝起きて晩寝るまで、立つてゐる時は割烹著をつけ、坐つてゐる時は指抜きをはめてゐる。なるほど、晩飯の時だけは、君も、もえ子さんも、やや人間らしい眼つきをしてゐるが、話と云へば、六分搗の米にはヴイタミンが多いといふことと、電車が混んで帯革を締め直すこともできなかつたといふことと、大家の神さんが道で遇つてもお辞儀をしなかつたといふことと、それくらゐのもんぢやないか。これぢや、お互にやりきれんよ。君が社の方を罷めてから、この傾向は益[#挿絵]著しくなつて来た。朝が遅く、晩が早いので、いくらかは助かるが、君がさうして、一日机に噛りついてゐるのを、おれも、もえ子さんも、同じやうに心配してゐるんだ。勿論……。
保根  おい、少し黙つててくれ。
野見  そんな売りこむ当てもない翻訳なんかしたつてなんになる。商業英語をちつとばかりやつたからつて、オオ・ヘンリは訳せやしないよ。
保根  売れなきや売れないでいゝのさ。勉強になるからやつてるんだ。
野見  おい、それより、何か一つだけ新聞を取れよ。時事の夕刊も、先週から投げこんで行かなくなつたし、隣の大将は、何時のぞいて見ても新聞を読んでて、そいつを一寸と云つて借りに行くこともできないし、第一、体裁が悪いぢやないか。それはまあいゝよ。君と云ふ人間が世間から益[#挿絵]離れて行くぢやないか。
保根  世間のことなんか、おれには興味はないよ。
野見  それぢや、あれはどうだ、広告欄は……。就職口を探すなら、先づ新聞の広告欄を利用すべきだぜ。麻布の伯父さんも結構さ。先輩の羽入さんもそれや頼みにはなるだらうが、もうあれから三月、どつちからも口らしい口はかかつて来ないぢやないか。この上、何を待つてるんだい。
保根  そんなことを君に云はれなくたつて、明日から少し心当りを歩いてみようと思つてるんだ。
野見  おれも歩く。お…

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