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泡鳴五部作
ほうめいごぶさく
作品ID51869
副題05 憑き物
05 つきもの
著者岩野 泡鳴
文字遣い旧字旧仮名
底本 「泡鳴五部作 下巻」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年7月25日
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2016-12-31 / 2020-04-07
長さの目安約 197 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お鳥は、兄のところを拔けて來る場合が見付かり難かつたとて、四日目にやつて來た。そして直ぐ入院した。持つて來た行李までも運び込まうとしたので、義雄は、
「荷物までも入院させるには及ぶまい」と云ふと、
「お前は信用でけんから、ね。」頸をつき出し、目を細く延ばした。
「もう、質屋へは入れないよ。」
「分るもんか。」
「けちな奴だ」とは云つて見たが、義雄はかの女の始末なのを一年以上も利用してゐたのを思ひ出す。思ひ通りの贅澤はやらせることが出來なかつた代り、いつもまとまつた金の取れた時に、それをすべてかの女にまかせたのである。
 すると、それを大事がつて、よくしまつて置き、ちびり/\と實際生活上の必要にしか出さない。そして、一ヶ月なり、一ヶ月半なりのうちに、みんな無くなつてしまふ。然し、それでも、まとまつた金を受け取る時の嬉しさをかの女は忘れられない樣子であつた。
 然し時々その手を氣が付いて自分のつまらないのを訴へることもあつた。そんな時は、かの女の望み通り、西洋料理屋なり、音樂會なり、三越、白木屋などにつれて行つた。
「考へて見れば、若い女をむざ/\と、可哀さうでもある」と、成るべくお鳥の爲すがままにして置くのである。
 寂しいから、夜だけは義雄の方へとまりに來て呉れろと頼んだが、それも人の手前、をかしく思はれるからいやだと云つた。
「みなに何と云はう? 兄さんだと云うて置こか?」
「そんな嘘を云つたツて、人には直ぐ分るよ。」
「どう分るの?」
「亭主でなければ、色男、さ。」
「いやアなこツた!」かう云つて、わざと横を向き、「そんなおぢイさんを――さう思はれるのは恥かしい。」
「恥かしいたツて、覺悟の上ぢやアないか?」
「では、お父さんだと云をか」と、からかつて笑ひながら、「けふも、直ぐ旦那さんにすれば、年が行き過ぎてる云うてたさうだもの。」
「年寄りの旦那さん――西洋人なら、いくらもあらア。」
「毛唐人ぢやあるまいし、いやアなこツた。――それとも、お前が田中子爵の樣に金持ちなら――」
「さうすりやア、どうせ、お前ばかりではない、五人でも、六人でも、意張つて女を持つかも知れない。」
「若く生れ變つてお出でよ。」
「その時ア、寫眞屋さんなどは女房にしない、さ。」
「誰れもお前の女房にして呉れとは云うてをらん。今、少しで仕あがるところを惜しいのだけれど――」
「さう、さ、仕上がる頃には、寫眞學校のハイカラ生徒とくツついてゐたのにと云ふんだらう?」
「御心配には及びませんよ。獨りで寫眞屋を開業して、若い人を喰はしてやらア、ね。」
「それがお前の理想か?」
「へん、お前の無理想とか、屁理想とか云ふのとは違ひます。」
「利いた風なことをぬかすな」と、義雄は、眞面目になつて、自分の威嚴を持つて主張する主義にわけも分らず口を入れる女を叱りつけた。
 お鳥は、看護婦や入院…

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