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泡鳴五部作
ほうめいごぶさく
作品ID51870
副題02 毒薬を飲む女
02 どくやくをのむおんな
著者岩野 泡鳴
文字遣い旧字旧仮名
底本 「泡鳴五部作 上巻」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年7月25日
初出「中央公論」中央公論社、1914(大正3)年6月
入力者富田晶子
校正者雪森
公開 / 更新2016-10-22 / 2016-09-09
長さの目安約 173 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「おい、あの婆アさんが靈感を得て來たやうだぜ。」
「れいかんツて――?」
「云つて見りやア、まア、神さまのお告げを感づく力、さ。」
「そんな阿呆らしいことツて、ない。」
「けれど、ね、さうでも云はなけりやア、お前達のやうな者にやア分らない。――どうせ、神なんて、耶蘇教で云ふやうな存在としてはあるものぢやアない。從つて、神のお告げなどもないのだから、さう云つたところで、人間がその奧ぶかいところに持つてる一種の不思議な力だ。」
「そんなものがあるものか?」
「ないとも限らない――ぢやア、ね、お前は原田の家族にでもここにゐることをしやべつたのか?」
「あたい、しやべりやせん――云うてもえいおもたけれど、自分のうちへ知れたら困るとおもつて。」
「でも、あいつは、もう、知つてるぞ、森のある近所と云ふだけのことは。」
「森なら、どこにでもある。」
「さうだ、ねえ」と受けて、義雄はそれ以上の心配はお鳥に語らなかつた。無論、千代子が或形式を以つて實際お鳥を呪ひ殺さうとしてゐるらしいことも、お鳥には知らしてない。たださへ神經家であるのに、その上神經を惱ましめると、面倒が殖えるばかりだと思つてゐるからだ。
 が、お鳥も段々薄氣味が惡くなつたと見え、日の經つに從つて、義雄の話を忘れるどころかありありと思ひ出すやうになつたかして、つひにはまた引ツ越しをしようと云ひ出した。もし知られると、今までにでも、云はないでいい人にまで目かけだとか、恩知らずだとか、呪ひ殺してやるだとか云つてゐるあいつのことだから、わざと近所隣りへいろんな面倒臭いことをしやべり立てるだらうからと云ふのである。
 然し、この頃お鳥はおもいかぜを引いてとこに這入つてゐた。近所の醫者を呼んで毎日見て貰ふと、非常に神經のつよい婦人だから、並み以上の熱を持ち、それがまた並み以上に引き去らないのだと説明した。その上、牛込の病院に行けないので、一方の痛みも亦大變ぶり返して來た。
 かの女は氣が氣でなくなつたと見え、獨りでもがいて、義雄にも聽えるやうに、
「何て因果な身になつたんだらう」と三疊の部屋で寢込みながら、忍び泣きに泣いた。おもての方の廣い、然し向う側の森から投げる蔭をかぶつた室――六疊――には、憲兵が三人で自炊する樣になつてゐた。
 義雄は同じ家にゐる憲兵等に物も云ひかはさなかつたが、毎日、晝間からお鳥の看護に努めた。同時に、自分もひどい痔に惱んだ。
 重吉からの返事は來ず、東京に殘つてゐる重吉の女房に問ひ合はせると、北海道の方をまはつてゐると云ふのであつた。義雄はまだ鑵詰の事業の手初めも出來ないのが、無聊の感に堪へなかつた。
 丁度、その時、我善坊の方へいいハガキが屆いた。
「龍土會例會――一、時日――一、場所――一、會費――右御出席の有無○○區○○○町○○番地○○○○方へ御一報を乞ふ――年月日――幹事――」と…

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