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相撲の稽古
すもうのけいこ
作品ID51896
著者岡本 一平
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻2 相撲」 作品社
1991(平成3)年4月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2023-10-11 / 2023-10-02
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一、大錦の皮肉
 今度は相撲の稽古を思ひ立ち師匠には大錦卯一郎君を見立てた。何も素人の痩つぽちを弄くつて貰ふのに斯程の大力士を煩はさんでもよいのである。併し稽古の始めは大抵抛り出されて許り居るに決まつてる。同じ抛り出されるなら相手が無名の丸太ン棒であるよりは天下の横綱なる方が自尊心を傷ける程度が薄いといふものだ。大錦君は巡業の帰路上州高崎に居たのを訪うて志を申入れた。大錦君が失笑した。それでも承知して湯にも入れ晩餐も一しよに喰はうと言つて呉れた。新弟子にしては叮嚀過ぎた扱である。湯殿には雲突く許りの力士が二人裸に締込みして待受けて居た。少しギヨツとした。湯槽から上つて来る自分を掴へ石鹸を塗り小判型の刷毛で擦り始め自分は体量十五貫ある体格検査でも上の部だが側に相撲取りが寄ると誠に見栄えが無くなる。其のうち背中を共同で洗つて居た取的二人がつまらぬ争ひを始めた。『ヤーイわれの手をモツとねきへ寄せんかい、邪魔になつて洗やへん哩』『ねきへ寄つたら洗ふ処有らへん哩』『どだい、こんな小つこい背中へ二人かかるんのが阿呆やい、足へ廻れ/\』で弟弟子が脚へ廻つた。脚とても同様小つこくて洗ふ処があらへん訳だ。随つて暇潰しに同じ部分を擦る、痛い、それに脚の刷毛は背の刷毛よりも余程毛が硬相だ。夫も其筈一方のは横綱用の刷毛、一方はお客に使ふ素人用の刷毛だ。膚の触り具合から考へて此硬い/\刷毛を平気で受ける大錦君の皮膚は少くとも馬より丈夫で無ければならない。

二、横綱と並んで
 大錦君の座敷には牛鍋の御馳走を筒袖の取的が二人取賄つて居る。『巡業のホリ(折といふ時の大錦の言葉癖)はこれ等が女房の役も三太夫の役も按摩の役も一手で引受けるんです』と大錦君が自慢気に言ふ。鬼の様な取的君が少しはにかむ。大錦君は下戸で四五杯も猪口を受けると全く紅くなる、それで居て飯もタント食はぬ。牛肉も半斤とは食はずして茶漬を普通茶碗に四杯軽く流し込んだ。残つた大部分の牛肉は廊下を隔てた取的の部屋を選ばれた。取的の部屋が俄に賑になる。それを眺めて大錦君が嬉し相に『あの時代には全く収入といふものが無いのですから師匠が気を付けて力になる食物をわざと、あゝやつて残してやるのです。』云々今の横綱も残肴の恵によつて育まれた。牛鍋の残りに歓声を挙げ居るこの未来の横綱達にも幸多かれと祝福してその夜は寝た。翌朝は大錦君と並んで二人曳の俥で場所入りする。巡業の掟として力士は力量、位置の如何に拘らず二十八貫以上で無ければ二人曳きを付けぬ規則だ、さすれば十五貫の自分は十三貫だけサバを読んでる訳だ。それでも何でも馬鹿にいゝ気持ちだ。場所は市内の不動堂境内にある。櫓には型の如く撥音爽かに、天下泰平、国土安穏の祈りを赤城山の峯の雪に轟かして居る。

三、四股や掛声
 木戸を入ると地べたを掘り炉を拵へて一行幹部の年寄達が廻り焙つてる。大錦君は…

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