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老残
ろうざん
作品ID51948
著者宮地 嘉六
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村礒多 相馬泰三 川崎長太郎 宮地嘉六 木山捷平集」 筑摩書房
1973(昭和48)年2月5日
初出「中央公論」1952(昭和23)年3月号
入力者青空文庫
校正者荒木恵一
公開 / 更新2015-01-02 / 2014-12-15
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 終戦と共に東京の空が急に平穏にかへつたときは誰もがホツとしたであらう。が、それから当分の間、あの遠くでならす朝夕のサイレンの声が空襲警報のやうに聞えて、いやだつた。鳴らすやつもさうした錯覚をねらつて、からかひ半分にやつてゐるやうにさへ思へたものだ――進駐軍が蜿蜒幾十台ものトラックで米大使館の周辺に乗りつけるやトラックから一斉に飛び降りた兵隊らが、いきなり道路脇にじやあじやあと放尿をやらかすその光景にも何かしら一種のもの悲しさを覚えさせられたものである。それからミズーリ艦上の降伏調印――当時の悲しい思ひ出は、今、口ではいへない。が、それからの二三年間の深刻な困苦の連続をかへり見るとよくも耐へて来られた……と誰しも思ふだらう。雑草も喰ひ、カボチャの大きくなるのが待ちきれずにボールほどのやつをもぎとつて喰つたこともある。胃の弱い私でさへ喰ふ物が乏しいとなると、喰ひ意地が殺気だつてまるで底なしの食慾だつた。今思ひ出してもふき出したくなるが、或る日のたそがれどき、人通りの絶えた溜池通りを歩いてゐると、サツマイモが一つころがつてゐる。相当にでつかいやつ。そのまた二三メートルさきの方にも落ちてゐる。多分、自転車のうしろの荷台からこぼれ落ちたものであらう。おかげで夕飯のたしになつたが、それからといふもの、日の暮れがたに町を歩いてゐると馬糞がサツマに見えて、ついサンダルのさきで軽く小あたりに蹴つて見たくなつたものだ。
 或る日、米国大使館から芝明舟町の方へとだら/\坂を下りて行く途中、丁度もとの大倉商業の前あたりの電柱の陰に、新聞紙にキチンとくるんだ折箱らしいものがおいてあつたので、恥を忍んで開いて見ると、何ときれいな折箱の中に銀めしのお握りが寿司詰に入つてゐるのだ。さすがに私は一瞬間考へた。人にほどこすために置いたものか、それとも……と私には判断がつかぬまゝに、もとの通りに新聞紙にくるんで、うしろ髪ひかれる思ひで行きすぎたが、戻りに見るともうそれはなかつた。

 今でこそ赤坂の花柳街も殆ど元通りに待合など建ちそろつたが、終戦直後は見渡す限りあの一円は焼野原で、ところ/″\にポツンと焼け残りの土蔵が盤面に将棋の駒を竪に置いたやうに半壊の姿を曝してゐ、赤錆びたトタン張りの小舎が点在して色のさめた洗濯物やボロ蒲団など乾してあるのが哀れに目立つ戦災風景だつた。日が暮れても街燈は完全につかず、夕闇の中をジープがイタチのやうにすばしこく掠めて過ぎる外は人影もまれだつた。たまにお葬式の万燈のやうに電車がのろのろ通る姿のわびしさ――。
 或る日、表町の外食券食堂へ行く途中(私達家族三人は主食配給が遅配がちなのと、隣組の輪番制当番がうるさかつたので外食にきりかへたのだ)一人の年増婦人からかう訊ねられた。
「あの少々うかゞひますけど……、このへんにハンコ屋さんがあるさうですが御存じでは……」…

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