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峠
とうげ |
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作品ID | 52018 |
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著者 | 土田 耕平 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「信州・こども文学館 第5巻 語り残したおくり物 あしたへの橋」 郷土出版社 2002(平成14)7月15日 |
初出 | 「童話」コドモ社、1924(大正13)年4月 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | sogo |
公開 / 更新 | 2019-08-12 / 2019-07-30 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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その時、太郎さんは七つ、妹の千代子さんは五つでありました。太郎さんはお父さんに背負われ、千代子さんはお母さんに背負われていました。
春三月とはいえ、峠の道は、まだきつい寒さでした。夜あけ前の四時ごろ、空にはお星さまが、きらきらと氷のようにかがやいています。山はどちらを見ても、墨を塗ったように真黒で、灯のかげ一つ見えません。お家を出てから、もう一里あまり山の中へ入って来たのであります。お父さんのさげている提灯のあかりが、道ばたの枯草にうつるのを見ると、そこここに雪のかたまりが凍りついています。
千代子さんは、さっきから、
「さむいなあさむいなあ。」と言って、泣きじゃくりしていましたが、その声がいつの間にか、
「いたいなあいたいなあ。」に変りました。太郎さんも千代子さんも、あつい毛の襟巻きをまき、足には足袋を二つ重ねてその上に毛布と外套をかけて、お父さんお母さんの背なかにしっかり負われているのですが、それほどにしても、山の寒さは身にしみとおるほどきついのであります。ことに足のさきは、ちぎれるように感じられます。
「お泣きでないよ。」
とお母さんが時々なだめるけれど、千代子さんはいつまでも同じように泣きつづけています。
太郎さんは、お父さんの背にじっと首をもたれて、泣きたくなるのをこらえていました。お家を出る時に太郎さんは、背負われるのはいやだ、歩いてゆくと言って強情をはりましたが、お父さんがどうしてもおゆるしになりませんでした。太郎さんは、今そのことを思い出して、やっぱり背負っていただいてよかった、と思いました。
太郎さんは、毛布の中からのぞくようにして、片方の高い山を見ていました。山のすがたは、ただ真黒で、木やら岩やら見わけもつきませんでしたが、そのいただきのところが少しばかり明るく見えます。その明るみがだんだん増してきて、ポツンと金色の点があらわれました。点がだんだん伸びて角の形になりました。
「お月さまだ」と太郎さんは言いました。
「まあ、今ごろお月さまが出ましたわ。何という恐い色でしょう。」とお母さんが言いました。
「二十三夜さまかも知れないな。もうじきに夜あけだ。」とこれはお父さんの声。
そして、お父さんとお母さんは、何やかやことばを交わしました。千代子さんは、いつか泣きやんで、やっぱりお月さまを見ているのでした。
「のんの様のんの様。」
と千代子さんは、言いました。鎌形のお月さまは全く山をはなれて、うすいけれどもするどいそのお光が四人の姿を照らしました。
しばらくの間、みんな黙っていました。そのうちにお父さんが、
「ああ千代子は眠ったね。太郎も一眠りしてはどうかな。」と言いました。太郎さんは、目をつぶりました。すると、どこか遠くの方で、
カラカラカラ、カラカラカラ。
と氷の割れるような音がきこえます。
「あれは何?」
と太郎さ…