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がん
がん
作品ID52053
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
初出「民政」1934(昭和9)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-09-10 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 若いがんたちが、狭い池の中で、魚をあさっては争っているのを見て、年とったがんが歎息をしました。
「なぜ、こんなところに、いつまでもいるのだろうか。」
 これを聞いた、りこうそうな一羽の若いがんが答えて、
「おじいさん、どこへゆけば、私たちは幸福に暮らされるというのですか。この池へおちつくまで、私たちはどんなに方々の沼や、潟を探索したかしれません。けれど、どこにもすばしこい猟犬の鳴き声をきくし、狡猾な人間の銃をかついだ姿を見受けるし、安心して、みんなの休むところがなかったのです。そして、ようやく、この禁猟区の中のこの池を見いだしたというようなわけです。」と、老いたるがんに向かって、いいました。
「そのことは、私にもよくわかっている。だから、人間がめったにゆかないところを探すのだ。もっと遠い、寒い国へ向かって旅立ちをするのだ。私がまだ子供の時分、親たちにつれられて通ったことのある地方は、山があり、森があり、湖があり、そして、海の荒波が、白く岸に寄せているばかりで、さびしい景色ではあったが、人間や猟犬の影などを見なかったのだ。あの記憶に残っているところを、もう一度探しに出かけるのだ。」
「おじいさん、なんだか夢のような話ではあるが、そこをはっきりと覚えていますか。」と、若いがんがたずねました。
「小さい時分のことを、どうして、よく覚えていよう。かすかな記憶にしか残っていない。しかし、そこを探し出すのだ。」と、年とったがんはいいました。
 りこうな若いがんは、みんなを呼び集めて、その夜、月の下で協議を開くことにしました。するといろいろの説が出ました。
「人間のみずから設けた禁猟区にいて、こちらの身の安全をはかるということは、なんと賢明なやり方ではないか。もしここを飛び出したが最後、自分たちは、いつどこで、どんな危険にさらされないともかぎらないだろう。」と、Bがんが、いいました。
「その心配は道理である。が、おじいさんは、ほんとうにそうした理想の世界を知っているのだろうか。」と、冒険好きな、Kがんがいいました。
「小さな時分に、旅をする途中で見たというのだ。そしていま、その記憶はかすかになったけれど、おじいさんは、探せばかならず見いだせるという強い信念を有しているのだ。」と、この禁猟区に、はじめてみんなを導いた、りこうながんがいいました。
「そんなら、俺たちは、おじいさんに案内を頼んで、出かけることにしようじゃないか。」と、中でも、もっとも野生を有していた、Kがんが、さっそくこの説に賛成しました。
「幾百里か、飛んでいって、それが無いといって帰ってくることができるだろうか?」と、Bがんが、むしろ、反対の意見をもらしました。
「そのことだ。ただ、この頼りない希望のために、この安全なすみかを捨ててゆくということが考えものなのだ。おそらく、もう二度ともどってくることはでき…

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