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子供の床屋
こどものとこや |
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作品ID | 52063 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 10」 講談社 1977(昭和52)年8月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2015-07-31 / 2015-05-24 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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一
町はずれに、大きなえのきの木がありました。その下に、小さな床屋がありました。円顔の目のくるりとした男が、白い上着を被て、ただ一人控えていましたが、めったに客の入っているのを見ませんでした。なんとなく、みすぼらしく、それに狭苦しい感じがしたからでしょう。
勇ちゃんも、年ちゃんも、学校へゆくときはその前を通りました。
「怖い顔をした、おじさんだね。」と、小さい声で勇ちゃんがいいました。
「僕のゆく床屋はきれいだよ、鏡が五つもあるよ、ここは、一つしかないね。」と、年ちゃんが、いいました。
「僕、こんなとこは、いくら安くてもやだな。」
「もっと、きれいでなければね。」
「そうさ。」
二人は、学校から帰ると、原っぱでボールを投げて遊んでいました。
「いいかい、カーブを出すよ。」
「オーライ。」
そのうちに、ボールはころがって往来のそばの深いみぞの中に落ちました。
「困ったね。」と、二人が下を見ていっているところへ、
「どれ、拾えないかな。」といって、顔を出したのは、思いがけない白い上着を被た床屋の主人でした。
「待っていな、いま取ってやるから。」と、主人は、自分の家へ走っていって長いさおを持ってきました。そして、ボールをこちらへ寄せて取ってくれました。
「ありがとう。」と、二人は心からお礼をいいました。
主人の姿が見えなくなると
「いいおじさんだね。」と、二人は、顔を見合って、にっこりしました。
二
その後、四、五日たってからです、勇ちゃんは学校へゆくときに、年ちゃんに向かって、
「僕、昨日、ここの床屋で頭を刈ってもらった。」と、床屋の方をふりむきながら、いいました。
「汚くない?」
「狭いけれど、清潔だよ。あのおじさんは、怖い顔をしているけれど、やさしいよ。若いときは、軍人で、満洲へいったんだって、いろいろ戦争の話をしてきかせたよ。」
「そうかい、僕も今度から、ゆこうかしらん。」と、年ちゃんは、いいました。
二人は、この床屋へゆくようになってから、おじさんと仲よしになりました。晩になると、えのきの木の下に、縁台を出して、三人は、腰をかけて、涼みながら、おじさんから、田舎で釣りにいった話や、また、夜川原に火をたいて、魚を寄せて、網ですくった話などをききました。
「火をたくと、魚が寄ってくる?」と、勇ちゃんが、ききました。
「そうです、その川は、小さな川でしたが、なまずの大きいのがいましたよ。」と、おじさんは、星空をながめて語りました。
「田舎へ、いってみたいな。」と、年ちゃんが、いいました。
どこかで、ボーンと花火の上がる音がしました。きっと、徳ちゃんたちが、原っぱで上げているのでしょう。けれど、そこへゆくよりか、おじさんの話のほうがおもしろいのでした。
「私の小さい時分には、この、えのきの木の実をたまにして、竹で鉄砲を造ったものです。」と、…