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葉桜(一幕)
はざくら(ひとまく)
作品ID52083
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「女性 第九巻第四号」1926(大正15)年4月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-03 / 2016-04-13
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


人物



時  四月下旬の真昼

所  母の居間――六畳


[#改ページ]

開け放された正面の丸窓から、葉桜の枝が覗いてゐる。
母は、縫ひものをしてゐる。
娘は、その傍らで、雑誌の頁を繰つてゐる。

――間。

娘  (顔をあげ、無邪気らしく)あたし、どうでもいゝわ。
母  (わざと素気なく)母さんもどうでもいゝ。(間)どうでもいゝことはないよ。(間)お前も少しはかんがへたら……?
娘  考へるつて……だから、あたし、母さんのいゝやうにするわ。
母  母さんは別に異存はないよ。たゞお前の気持さ、大事なのは……。
娘  ……。
母  それと、あの人の態度……わからないのはね……。見合をした、気に入つた、貰はう、それで、こつちにもすぐ返事をしろ……、これぢや、お前、あんまり、お手軽すぎるからね。あれから、もう一月にもなるんだし、なんとか、本人から……話がありさうなもんぢやないか、そのことについてさ……。それとも、直接お前に、何か云ふことは云つたのかい。お前の気持を訊いてみるつていふやうなことはしたの……?
娘  (首を振る)
母  ぢや、お前と二人つきりの時は、どんな話をするの。
娘  どんな話つて……黙つてる時の方が多いわ。それよりね、変なのよ、あの人。それや、可笑しいの。
母  何が。
娘  それがね、二人つきりの時は、まあ、いゝのよ。あたり前なの……。ところが、あの人のうちへ行くと、急に態度を変へちまふの。お母さんや妹さんのそばだとよ。まるであたしに素気なくするの。
母  どういふ風に……。
娘  第一、口を利かないの。それから、顔も見ないの。
母  へえ。
娘  なんていつていゝかしら……。とてもつまらなさうな様子をするの。すぐ欠伸なんかして……。
母  へえ。
娘  一昨日だつてさうだわ。ダリヤの球根を持つて行つてあげた時ね、あん時なんか、みんなお庭にゐたのよ、それにあの人だけ、あたしの方を振り向きもしないの。おまけに云ふことが云ふことなのよ。「そんなものを貰つたつて、植ゑるところがないや」――かうなの。あたし泣きたくなつたわ。
母  随分をかしな人だね。でも、二人つきりの時は、そんなでもないんだらう。
娘  (うなづく)
母  優しくすることはするんだらう。
娘  優しくつて……?
母  いゝえさ、いくらかお前の機嫌を取るやうにしやしないかい。
娘  機嫌を取るやうにつて……?
母  つまり、お前が好きだとか嫌ひだとか云ひさうなもんぢやないか。
娘  そんなこと、云はないわ。
母  云はないことがあるもんか。
娘  だつて、云はないんですもの……。
母  それぢや、お前、どうにもならないぢやないか。
娘  だから、それでいゝわ。(雑誌に顔を近づける)
母  なにがいゝのさ。
娘  どうにもならなくつても……。

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