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恋愛恐怖病(二場)
れんあいきょうふびょう(にば)
作品ID52087
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「改造 第八巻第十号」1926(大正15)年9月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-03 / 2016-04-13
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一場

静かな海を見下ろす小高い砂丘の上
日没前後

男と女とが、向うむきに、脚を投げ出して坐つてゐる。「なんでもない同志」の間隔が、それとなく保たれてゐなければならない。

やゝ長い間

男  あアあ。南京豆が食ひたくなつた。
女  南京豆……? それより、あれ御覧なさい、靄がだんだんこつちへ来てよ。
男  靄は毒ぢやないでせう。これやいかん、尻がつべたい。僕は何時の間にか砂を掘つてゐた。
女  燈台に灯がつくまで、こゝにゐませうね。
男  勿論僕だつて帰らうとは云ひません。今日はなんだか重大な日だ。胸騒ぎがします。
女  あたしは、なんだか知らないけれど、喉がかわくの。(急に歌ひ出す)
波の底に
呼ぶ声あり
われあらずば
誰か応へん
男  (それを受けて、歌ふやうに呼ぶ真似をする)
オーイ
オーイ

やゝ長い間

女  (朗かに笑ふ)
男  女の友達つていふものは、どうしてかう、妙に相手をはぐらかすのかなあ。
女  それは、男の友達つていふものが、変にどこへでもついて来たがるからよ。
男  それは僕に云ふことぢやないでせう。僕はあなたからきめられた時間以外、場所以外に、あなたに近づかうとしたことはありません。
女  それは別としてよ。
男  僕は一度だつて、あなたの触れない問題に触れたことがありますか。
女  それはないやうね。
男  それ御覧なさい。
女  しかし、あなたも――あなたもよ――あなたも、絶えず人が何を考へてゐるかと探らうとしてゐらつしやるわね。
男  それは、一寸意外な観察ですね。相手が何を考へてゐるかを知らうとしないで、一時でも人間と人間とが顔を突き合はしてをれますか。
女  をれさうなものぢやない? いろいろな見栄を捨てゝしまひさへすれば……。
男  そして、相手を不愉快にすることを恐れさへしなければね。
女  へえ、あなたにも、さういふ心遣ひがおありになるのかしら? あなたは、一所懸命に、人を怒らさうとしてらつしやるんだと思つたら……。
男  それに、どうしても怒れないところがあると見えますね。
女  まあ、さういふことにして置きませう。(間)でもあなたは品子さんを、たうとう怒らしておしまひになつたぢやないの。
男  あれは向うが悪いんです。僕に手を持つて泳がせてくれつて云ふから手を持つて泳がせてゐたんです。すると、いきなり、手の握り方が気に入らないつて云ふんです。そんなもんぢやないつて云ふんです。
女  おやおや……。
男  それで僕は、ぢや勝手になさいつて手を放したんです。すると……。
女  もう沢山……、そんな話……。
男  それで、多少水を飲んだらしいんです。これが絶交の原因です。
女  もう少し寛大になつてもいゝのね、あなたは……。
男  さういふことにですか。
女  男と女とがお友達になるつていふのには、いくらかさうい…

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