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チロルの秋(一幕)
チロルのあき(ひとまく)
作品ID52088
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「演劇新潮 第一年第九号」1924(大正13)年9月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-01-25 / 2016-04-13
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時  一九二〇年の晩秋

処  墺伊の国境に近きチロル・アルプスの小邑コルチナ。


アマノ
ステラ
エリザ

ホテル・パンシヨンの食堂。午後七時。
ストーブの火が燃えてゐる。
ステラ、喪服、ヴエールで眼を覆つてゐる。珈琲を飲みながら、書物の頁を繰る。
エリザ、珈琲注ぎを持ちたるまま、傍らに立つ。
ほかに誰もゐない。
[#改ページ]

エリザ  明日はあなたがおたち、明後日はアマノさん……。
さうすると……
あとは、此のホテルも空つぽ……
沈黙
ステラ  汽車の時間はわかつて。
エリザ  まだ伯父さんが帰つて来ませんの。
もう一日お延ばしになつたら……。
ステラ  だつて、もう荷物ごしらへをしてしまつたんですもの……(間)
それに……
雪でも降り出すと厄介だし……。
エリザ  大丈夫ですわ、まだ……
牧場のサフランが咲いてゐるうちは……(間)
でも……急に寒くなりましたわね。
ステラ  折角、いい落ち着き場所を見つけたと思つてゐたのに……。
エリザ  あなたのやうに、夏はどこ、冬はどこつて、自由に旅行がなされる方は、おしあはせですわ。
ステラ  あたしも、出来ることなら、一と処に落ちついて暮したいの……(間)
これでもう、一人ぽつちの旅を二年……
何処へ行つても、何か知ら気に入らないことがあつて、かうやつて方々を歩き廻つてゐるんだわ。
エリザ  アマノさんも、そんなことをおつしやつてましたわ……
あの方も、お国をお出になつてから、随分になるんですつてね――
寒いのは、かまはないから、ここに置いてくれつておつしやるんですけど、あの方お一人の為めに、このホテルを開けて置くわけにも行きませんし……。
ステラ  (書物に眼を落として)フロレンスへいらつしやるんですつて、あの方……?
エリザ  さあ……。
それもまだ、はつきりお決めになつたわけぢやないんでせう。
あなたが、シシリイへいらつしやるつていふお話をしたら……
ステラ  (笑ひながら、眼をあげて)なんて?

此の時、アマノ、手にサフランの花束を持ちて入り来る。

エリザ  御ゆつくりでしたわね。
アマノ  遅くなつて済みません。(ステラの方に花束を差し出し)
綺麗でせう。
ステラ  (花束を受け取り、香ひを嗅ぎながら)あたしに?
まあ。御親切ね、あなたは。
アマノ  (食卓に着き、エリザに)今日はなに……?
エリザ  (皿を運びながら)鮎ですの。そのあとが、羚羊と栗……。
アマノ  奥さんは、もうおすみですか。
ステラ  (書物から眼を離さずに)ええ、お先へ……。
ごゆつくり召上れ。
アマノ  (食事をしはじめる)うまい。
ステラ  どこへいらしつたの、今日は。
アマノ  (やや皮肉な微笑を泛べ)例のところ……。
ステラ  (努めて気軽に)お城……?
アマノ  よく御存じですね。
ステラ  別に不思議はない…

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