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麺麭屋文六の思案(二場)
パンやぶんろくのしあん(にば)
作品ID52089
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「文芸春秋 第四年第三号」1926(大正15)年3月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-03 / 2016-04-13
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
文六      五十五歳
おせい―その妻 四十五歳
廉太―その悴  二十三歳
おちか―その娘 十七歳
常吉―丁稚   十六歳
京作―止宿人  四十二歳
万籟―新聞記者 三十八歳

時  大正×十×年の冬

処  首都の場末
[#改ページ]


第一場

麺麭屋の店に続きたる茶の間。
文六、おせい、廉太、おちか、食卓を囲み、常吉は少しはなれて別の膳につき、何れも食事をしてゐる。午後六時。

文六  (汁を啜りたる後)おせい、また生姜を忘れたな。浅蜊に生姜、豆腐に葱、台所に貼り付けとけ。
おせい  (飯を頬張りたるまゝ)あれだけおちかに云つといたんだけれど……。縁の取れた目笊の中に、いつかのがまだありやしないかい。
おちか  (指で口から髪の毛を抜き取りながら)常公、お前忘れたね、いやだ。(おせいに)もうないの。
常吉  生姜もでしたか、そいつあ聞きませんでしたぜ。
おちか  この人に用を頼むと、いつでもこれ、しやうがあれや……
廉太  (むきになつて)馬鹿。(空の茶碗をおちかの方に突き出す)下らない洒落はよせ。
おちか  (あつけに取られて、廉太の顔を見る。飯をつけ終るや、投げ出すやうに茶碗を下に置き、わつと泣き出す)
おせい  (廉太に)お前もまたなんだね、それくらゐのことを……。
文六  よせよせ、泣くのは。洒落るつもりでもなかつたらう。おれが贅沢を云つたのが悪かつた。此の寒空に温かいものも食べられない人間がいくらもあるんだ。
おせい  お父ツつあん、御飯は。
文六  うむ、まあ待て。(盃を口に当てる)

(此の時、階段の途中より、梶本京作、薬缶を持ちたる手を差出し、半身を見す)

京作  お湯を一杯どうぞ。
おせい  はい只今。おちか。
おちか  (薬缶を受け取りに行き)すぐ持つて行くわ。(湯を注ぎて、二階に上る)
文六  先生は近頃、一向下へ降りて見えんな。
廉太  先生なんと呼ぶのはおよしよ、お父ツつあん、小学校の教員ぢやないか。
文六  だから先生ぢやいけないのか。
廉太  つけ上るからさ。
おせい  (たしなめるやうに)廉ちやん。
廉太  あんな気に喰はない奴はない。
常吉  ほんとですね、こないだも、あつしのことを……。
文六  お前は黙つてろ。まあいゝさ。世間にや色々の人がゐる。
おせい  廉ちやん、どうかしてゐるよ、今夜は。

(長き沈黙)

廉太  (二階の方を見ながら)おツ母さん、駄目だよ、おちかを呼ばなくつちや。
おせい  (常吉に)お前、すんだら早く片づけて、(時計を見て)夜学へ行くならさつさとおいでよ。
常吉  (黙つて膳を片づけ、勝手の方に去る)
おせい  あの子はなにしてるんだらうね、御飯も食べないで……。(角の立たないやうに)おちか。おちかや。
廉太  何してるつて、わかつてるぢやないか。
文六  (茶碗をおせいの方に…

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