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春の日
はるのひ |
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作品ID | 52104 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 11」 講談社 1977(昭和52)年9月10日 |
初出 | 「教育・国語教育」1936(昭和11)年3月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2016-04-07 / 2016-03-04 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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もう、春です。仲のいい三人は、いっしょに遊んでいました。
徳ちゃんは、なかなかのひょうきんもので、両方の親指を口の中に入れ、二本のくすり指で、あかんべいをして、ひょっとこの面をしたり、はんにゃの似顔をして見せて、よく人を笑わせました。とし子さんは、おこりんぼでちょっとしたことでも、すぐにいぼをつってしまいます。そうすると武ちゃんと、徳ちゃんは、つまらなくなります。二人が、いろいろに機嫌をとっても、とし子さんは、笑いもしなければ、ものもいいません。
そんなときです、徳ちゃんは、いつもする得意の、指を口に入れて、あかんべいをして、とし子さんの顔をのぞきます。さすがに、いぼつりのとし子さんも、これを見ると、くすくすと笑い出して、じきに機嫌を直すのが例でありました。
武ちゃんには、徳ちゃんのように、そんなひょうきんのまねはできませんでしたから、もし、とし子さんと二人のときに、どうかして、とし子さんが、いぼをつれば、
「としこさんのばかやい。」といって、悪口をいうか、なぐりつけるのが関の山で、とし子さんも、
「だれが遊ぶもんか。」と、いって、泣きながら、帰ってしまいます。
しかし、三人は、いつとはなしに仲は直りますが、もし、徳ちゃんがいなかったら、そう容易に打ち解ける糸口が見つからなかったかもしれません。
ある日のことでした。三人は、いっしょに、お濠の方へ歩いてゆきました。雪が消えて、水がなみなみと、午後の日の光に輝いていました。土橋のところへは、よく、あめ屋や、おもちゃ店が出ています。
この日は、珍しく、紙芝居のおじいさんがきていました。
「紙芝居だね。」
「おもしろいな。」
そんなことをいい合って、おじいさんの方へ走ってゆきました。
* * * * *
おじいさんは、五、六人の子供を前に集めて、お話をしていました。
――王さまは、戦争からお帰りなさると、その美しいお后をおもらいになりました。三国一の美人ですけれど、まだお笑いになったことがありません。どうしたら、愛するお后が笑ってくれるだろうか? 王さまは、山と宝物をお后の前に積まれました。けれど、やはりお笑いにはなりませんでした。
御殿のお庭に、鐘がつるされていました。
「この鐘を、なんになさるのでございますか。」と、お后が、王さまにお問いになりました。
「この鐘は、私が、忠勇の兵士をここへ呼び集めるときに、鳴らす鐘だ。これを鳴らせば、たちどころに、城下に住む三万の兵士たちは、ここへ集まってくるのじゃ。」
「どうか、この鐘を鳴らしてみせてはくださいませんか。」
「ばかなことをいうものでない。ほかの願いならなんなりときいてやるが、この鐘は大事があったときのほかは、鳴らされないのだ。」
「これほど、お願いしても、おききくださらなければ……。」
王さまは、愛するお后…