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一粒の真珠
ひとつぶのしんじゅ
作品ID52106
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-01-31 / 2016-12-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある町にたいそう上手な医者が住んでいました。けれど、この人はけちんぼうで、金持ちでなければ、機嫌よく見てくれぬというふうでありましたから、貧乏人は、めったにかかることができませんでした。
 それは、雪まじりの風の吹く、寒い寒い晩のことです。
「こんな晩は、早く戸を閉めたがいい。たとえ呼びにきても、金持ちの家からでなければ、留守だといって、断ってしまえ。」といいつけて、医者は、早くから暖かな床の中へ入ってしまいました。
 ちょうど、その夜のことでした。この町から二里ばかり離れた、さびしい村に、貧しい暮らしをしている勇吉の家では、母親の病気が募るばかりなので、孝行の少年、勇吉は、どうしていいかわからず、おどおどとしていました。父は、彼が三つばかりのとき、戦争に出て死んでしまったのです。その後は、母と二人で、さびしく暮らしていました。母が、野菜を町へ売りにいく手助けをしたり、鶏の世話をしたりして、母の力となっていました。
 二人が、達者のうちは、まだどうにかして、その日を送ることもできたが、母親が病気になると、もうどうすることもできなかったのでした。さいわい、近所の人たちが、しんせつでありましたから、朝、晩、きては、よくみまってくれました。
「勇坊、きょうは、お母さんはどんなあんばいだな?」と、いってくれるものもあれば、
「お米でも、塩でも、私たちの家にあるものなら、なんでもいっておくれ。」と、いってくれるおかみさんたちもありました。
 しかし、母親の病気だけは、いまは売薬ぐらいではなおりそうでなかったのです。
「これは、お医者にかけなければなるまい。」と、近所の人々も口には出さぬが、頭をかしげていました。
「お母さん、苦しい?」と、勇吉は、母親のまくらもとにつききりで、気をもんでいましたが、なんと思ったか、急に立ち上がって、
「僕、お医者さまを迎えにいってくる!」といいました。
「勇坊、町からきてもらうには、すぐにお金がいるのだ。それも、すこしの金でないので、私たちも、こうして思案しているのだ。」と、一人の老人がいいますと、
「それに、あの町の医者ときたら、評判のけちんぼうということだからな。」と、いうものもありました。
「僕、なんといっても、お母さんを助けなければならん。無理にも迎えにいって、つれてくるよ。」と、勇吉は、はや提燈に火をつけて、家を飛び出しました。外は真っ暗で、ただ、ヒュウヒュウという、吹雪のすさぶ音がするばかりでした。
 勇吉は、暗い野道を提燈の火を頼りに、町へ向かって、小さな足で、急ぎますと、冷たい雪が顔にかかり、またえりもとへ入り込みました。けれど、彼は、ただ母親の身を案ずるので心がいっぱいであって、他のことはなにも感じなかったのであります。
 ふと、ピチャピチャという、ぬかるみを歩いてくるわらじの音が耳に入ったので、彼はびっくりして顔を…

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