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僕がかわいがるから
ぼくがかわいがるから |
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作品ID | 52110 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 11」 講談社 1977(昭和52)年9月10日 |
初出 | 「台湾日日新報」1936(昭和11)年5月22日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 酒井裕二 |
公開 / 更新 | 2016-09-24 / 2016-06-10 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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正ちゃんの、飼っている黒犬が、このごろから他家の鶏を捕ったり、うきぎを捕ったりして、みんなから悪まれていました。こんどやってきたら、鉄砲で打ち殺してしまうといっている人もあるくらいです。けれど、正ちゃんは黒犬をかわいがっていました。
「クロや、もう僕といっしょでなければ、出さないよ。ひどいめにあうからね。」と、いってきかせました。
クロは、尾を振って、正ちゃんの体に頭をすりつけて、クン、クンと喜んで鳴いていました。
「わかれば、もういいのだよ。僕は、おまえをかわいがってやるから。」と、いって、クロの頭を抱えて、その顔に自分のほおをつけていました。
しかし、お父さんや、お母さんは、クロを捨ててしまうといっていられました。そして、相談をなさっていられたのです。
「なにか、正二のほしいものを買ってやれば、いうことをきくかもしれない。」と、お父さんは、おっしゃいました。
「さあ、どうでしょうか。二輪車をほしいといっていましたから、犬を捨てたら、買ってやるといってみましょうか。」と、お母さんは、お答えなさいました。
「ああ、それがいい、きいてみてごらん。」と、お父さんが、いわれました。
お母さんは、さっそく、正ちゃんに、そのことをおっしゃいました。
「おまえの好きなものを買ってあげるから、クロをだれかにやっておしまいなさい。」と、おっしゃいました。
すると、正ちゃんは、即座に、
「僕は、なにもほしくないから、クロをやることはいやです。」と、お答えしました。
「上等の二輪車を買ってあげても。」
「二輪車なんか、ほしくありません。」
「いつか、ほしいといったでしょう。」
「それは、ほしいが、クロをやってしまうことはいやです。」
お母さんは、考えていられましたが、正ちゃんが、いつか、野球のミットをほしいといったことを思い出されました。そこで、こんどは、
「ミットも買って、あげるけど。」と、おっしゃいました。
ミットときいて、正ちゃんは、お母さんの顔を見ました。
「ミットも買ってくれるの?」と、お母さんに、ききかえしました。
「ミットも買ってあげます。」
お母さんが、こうお答えなさると、正ちゃんは、頭を振って、
「ミットなんか、ほしくない。」と、いいました。
「じゃ、犬をやめて、伝書ばとになさいな、はとは、やさしくて、そんな悪いいたずらをしませんから。」と、お母さんは、おっしゃいました。
「え、伝書ばとを飼ってくれるの?」と、正ちゃんは、目をかがやかしました。
「ええ、鳥屋へいって、買ってきてあげますよ。」
「二輪車とミットと伝書ばとを買ってくれない?」と、正ちゃんは、大いに欲張りました。
「さあ、お父さんが、なんとおっしゃるかしれませんけれど、そうしたら、正ちゃんは、クロを捨ててしまいますね?」と、お母さんは、念を押されました。
「どうしても、クロを捨ててし…