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![]() よのなかのこと |
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作品ID | 52119 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 10」 講談社 1977(昭和52)年8月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-10-01 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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たいそう外科的手術を怖ろしがっている、若い婦人がありました。
もし、すこしぐらいの痛さを我慢をして、手術を受けるなら、十分健康を取り返すことができるのを、どうしても、その婦人は、手術を受けることを欲しなかったのです。
季候の変わりめになると、婦人は、青い顔色をしていました。
「あなたほどの若さで、そんな青い顔色をなさっていてはいけません。早く手術をお受けになって、さっぱり病気を治しておしまいなさいまし。」と、知っている人は、いいました。
「なんとおっしゃっても、私は、手術を受けるのが怖ろしいのでございます。」と、婦人は、光るメスを、はさみを考えると、身ぶるいをしました。
「奥さん、T町に有名な先生があります。この方の手術なら、まったく安心して受けられます。けっして二度とやり直しをするようなことはありませんから、ぜひここへいって見ておもらいになったらいかがですか。」と、心から、婦人のことを思って、いってくれたのでした。さすがに、気の弱い婦人であったが、いくらか心が動きはじめました。
「T町のなんというお医者さまでございますか?」と、教えてくれた人に、ききました。
「M病院といえば、その界隈で知らぬものがないほど、有名なものです。」と、その人は、答えました。
「まあ、そんなにいいお医者さまが、あったのでございますか?」
婦人は、なぜ早くそれを知らなかったろう。そうすれば、こんなに長い間、この病に苦しまなくってもよかったのにと、急に、見もしない、その医者を心の中で尊敬しました。その後、彼女は、いろいろの人に、T町にあるM病院の話をして、はたして、それはほんとうのことかと、たしかめようとしました。まれにはまったくその名を知らぬものもあったけれど、また中には、よくその病院の名を知っていて、「その病気にかけては、二人とない名人だという話です。」と、いうものもあったので、彼女は、いよいよ進んで、その病院へゆく気になったのであります。
彼女が、手術を受けることを覚悟したと知ったときに、彼女の身を案じた周囲の人たちは、それは、よく決心したといって、喜んだのでした。
そこから、T町までは、遠かったのであります。乗り物によっても、一日は費やされたのです。気じょうぶな叔母さんをつきそいに頼んで、彼女はT町にゆき、そして、病院の門をくぐったのでした。
患者の控え室は、たくさんの人で、いっぱいでした。左右にすわっている人々のようすをきくと、いずれも彼女と同じ病気であるらしいので、いまさら、その名医ということが感ぜられたのでありました。
そのうちに、看護婦が入って、彼女のかたわらにきました。
「あなたですか、院長さんに見てもらいたいと、おっしゃられたのは?」と、看護婦はたずねました。
「さようでございます。」と、彼女は、答えました。
「お気の毒ですが、院長さんは、ただいま…