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![]() わらわなかったしょうねん |
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作品ID | 52121 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 10」 講談社 1977(昭和52)年8月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-04-18 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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ある日のこと、学校で先生が、生徒たちに向かって、
「あなたたちはどんなときに、いちばんお父さんや、お母さんをありがたいと思いましたか、そう感じたときのことをお話しください。」と、おっしゃいました。
みんなは、目をかがやかして、手をあげました。最初にさされたのは、竹内でありました。
「私が、病気でねていましたとき、お父さんは毎晩めしあがるお好きな酒もお飲みになりませんでした。そして、お母さんは、ご飯もあまりめしあがらず、夜もねむらずにまくらもとにすわって、氷まくらの氷がなくなれば、とりかえたりしてくださいました。僕は、コツ、コツと氷の砕ける音をきいて、しみじみとありがたいと感じました。」と、答えました。
先生は、これをきくと、おうなずきになりました。ほかの生徒たちも、みんなだまって、おとなしくきいていました。そのつぎに、さされたのは、佐藤でありました。佐藤が、立ちあがると、みんなは、どんなことをいうだろうかと、彼の顔を見守っていました。
「僕も、やはり竹内くんと同じのであります。いおうと思ったことを、竹内くんがみんな話してくれました。」
佐藤の答えは、ただそれだけでありました。先生は、こんど、小田をおさしになりました。彼は、組じゅうでの乱暴者でした。そればかりでなく、家が貧乏とみえて、いつも破れた服を着て、破れたくつをはいてきました。くつしたなどは、めったにはいたことがないのです。みんなの視線は、たちまち、小田の顔の上に集まったのはいうまでもありません。
彼は、立ち上がると、
「私のお母さんは、お金のないときは、自分のだいじなものも売って、僕のためにいろいろなものを買ってくださいます。そんなとき、私はじつにすまないと感じます。」といいました。すると、先生は、
「いろいろなものとは、どんなものですか。」と、おききになりました。小田は、その答えに困ったらしく、しばらく、うつ向いてだまっていましたが、やっと顔を上げると、
「僕の月謝や……また、どこかへ帽子をなくしたときには、お母さんは、自分の着物を売って、買ってくださいました。」と、答えました。
この言葉は、みんなに少なからず動揺をあたえました。なかには、また、くすくす笑うものさえありました。しかし、先生が、笑うものをおしかりなさったので、すぐに静かになったけれど、小田は、そのとき、みんなから、なんだか侮辱されたような気がして、顔が赤くなりました。
そのとき、ひとり隣に並んで腰をかけている北川だけは、笑いもしなければ、じっとしてまゆひとつ動かさず、まじめにきいていました。小田は、心の中で、彼の態度をありがたく思ったのです。
小田のお父さんは、もう死んでしまって、ありませんでした。ひとりお母さんが、手内職をして、母子は、その日、その日、貧しい生活をつづけていました。
彼は、学校から帰ると、今日のお話…