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ボールの行方
ボールのゆくえ
作品ID52123
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2015-08-06 / 2015-05-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 正ちゃんは、いまに野球のピッチャーになるといっています。それで、ボールをなげて遊ぶのが大すきですが、よくボールをなくしました。
「お母さん、ボールをなくしたから、買っておくれよ。」と、学校へいこうとしてランドセルをかたにかけながら、いいました。
「また、なくしたのですか。二、三日前に買ったばかりじゃありませんか。」
「僕、ボールがないとさびしいんだもの。」
「いいえ、そう毎日、ボールばかり買ってあげられません。」と、お母さんはおっしゃいました。
「ねえ、お母さん、もうなくなさないから。こんどから、きっとなくなさないから。」
「なくなさないと、なんどいいましたか。ものを粗末にするからですよ。」
「粗末になんかしないよ。だって、どっかへいってしまうんだもの。」
「おとなりの誠さんなんか、おちついていらっしゃるから、おまえみたいに、そうものをおなくしになりませんよ。」と、お母さんは、となりの誠くんのことをほめられました。
「誠くんだって、なくすやい。昨日、上ぐつを片っぽおとしてきて、お母さんにしかられていたから。」と、正ちゃんはいいました。
「じゃ、今日は買ってあげますから、名まえを書いておきなさい。」といって、お母さんはボールを買うお金をくださいました。
「ありがとう!」と、正ちゃんはいただいて、元気よく出かけました。
「やさしいいいお母さんだなあ。」と、正ちゃんは心の中で思ったのです。

 正ちゃんは新しいボールを買って、それに「二年一組 山本正治」と書きました。正ちゃんの帽子にもハンカチにも、けしゴムにも、みんなそう書いてありました。だから、学校の中でおとせば、拾った人が先生にとどけてくれますので、また自分のところへもどってきました。たとえ学校の外でも、正直な人なら、
「ああ、あの学校の生徒さんがおとしたのだな。」といって、学校へとどけてくれました。
 正ちゃんはお家へかえって、「ただいま」をすると、お母さんのところへいって今日買ったボールをお見せしました。
「いいんですね。名まえを書きましたか。今年から二年生ですよ。」と、お母さんが注意をなさいますと、正ちゃんは、
「ほら、二年一組と書いてあるだろう。」と、いって、お母さんにボールをもう一ど見せました。
「正ちゃんはぼんやりしているから、また一年と書きゃしないかと思ったのよ。」
 そのとき、お姉さんが、
「ね、正ちゃん、ピッチャーは、どんなかっこうをしてボールを投げるの。」と、いいました。
「笑うから、やだあい。」
「笑わないから、ようおしえてよ。」と、お姉さんはいいました。
 お母さんも笑いだしそうな顔つきをむりにこらえて見ていらっしゃいますと、正ちゃんはボールを持った右手をぐるぐるっと頭の上でまわして、片手をあげて投げるまねをしました。
「まあ、すてきね。」
「僕の球は、それはカーブがあるんだから。」…

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