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打出の小槌
うちでのこづち
作品ID52184
著者外村 繁
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻42 家族」 作品社
1994(平成6)年8月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2012-01-01 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ――私の三男は家中の愛嬌者である。渾名は「たゆ」又は「安福」と言ふ。「たゆ」と言ふのは、彼の申年の「さる」が言へないので、「たゆ」。「安福」と言ふのは、私の郷里の村に安福寺という禅寺があり、ある夏、私達が帰省してゐた時、真宗である私の家とは日頃何の附合もない、その安福寺へ「たゆ」は単身遊びに行き、その上、両手に一杯お菓子を貰つて帰つて来たことがあつた。丁度その時やはり帰省してゐた私の弟が、その様を見て、
「たゆの安福さんや」と言ひながら、たうとう笑ひ転げてしまつたのであつた。それ以来「たゆ」は「安福」とも言はれるやうになり、またさういふ風なことをすることを「安福」と言ふやうになつた。「たゆ」は実にこの「安福」の名人で困る。私が往来など歩いてゐると、時には思ひも寄らぬ家の二階から、聞き覚えのある黄色い声で、
「と、お、ちやん」と呼ぶ。驚いて見上げると、果して「たゆ」が会心の笑を浮かべて顔を覗かせてゐるのである。今年の正月も昼御飯になつても彼だけ帰つて来なかつた。家内や長男が心当りを一一探してみたがゐない。毎日のやうに遊びに行く隣家には、その隣家の子供達が表で皆揃つて遊んでゐるので、よもや行つてはゐないであらう。私も加はつて探しあぐんでゐると、隣家の子供の一人が、
「洋ちやん、何だか自家らしいよ」と言ふので、私は不思議に思ひながら、隣家を尋ねてみた。するとどうだらう。「たゆ」はお隣の小父さんの膝に乗つて、炬燵に当りながら、蜜柑や煎餅や菓子などを貰つて「大安福」の最中なのであつた。このやうに「たゆ」の「安福」の例は限がない。
 また「たゆ」はその名のやうに、一寸したその場の思附や物真似が巧い。私の郷里は江州なので、彼は直ぐ江州弁も覚えてしまつた。勝気な私の母なども、余程彼は可愛いらしく、聊か持てあまし気味である。母などが何かしくじり話などしてゐると、「たゆ」はちらつと顔を見せて、
「ほれみない。あかへんほん」などと、言ひ捨てて、走り去るのである。またある時、家内が神奈川在の家内の郷里へ子供を連れて、二三日行つてゐたことがあつた。そこから帰つて来て暫く、彼は言葉の終りにいつも変な言葉を附けて言つてゐるのである。
「郁ちやん、行かうよ。べ」
 私は初のうちは何のことか解らなかつた。がやつと、それが田舎言葉の「べえ」の真似だといふことを知つて、私は思はず噴出してしまつた。
「たゆ」は実は薄情者の癖に、一見人懐こく、少しも人見知りをしない。「安福」の名附親、「めえ」叔父さん(眼鏡の叔父さん)とも大の仲よしである。私の友人達までまるで自分の友達のやうにしてしまふ。無口なNでさへ、
「こいつは面白い」と言つて、二人でよく言ひ合などやつてゐる。が、私は彼のこんな性質も、彼が三男坊であるといふことと思合はすと、何かなかなか笑つてしまへないのである。――
 こんな彼が幼稚園へ入つ…

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