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くせ
作品ID52207
著者喜多村 緑郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻10 芝居」 作品社
1991(平成3)年12月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2012-01-01 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人として一つの癖はあるものよ、吾れにはゆるせ敷島の道。……これはよく落語家が枕にふる言葉ですが、……無くて七癖、有つて四十八癖、といつて誰にもあるんでせうが、さうなるとわたしには、夜更をするのが癖の一つでした、……わたしの若い時分の時間でいふと十二時頃寝るのは罪悪のやうな気がしたもんです。それで居て朝寝坊は厭ひでしたから……恐らくまづ寝る間は三四時が関の山でしたらう、……最も現在でも一晩や二晩の徹夜なら平気です。でも此のせつでは五六時間は眠ります。が、まあ夜ふかしの方でせう。そのかはり昔から枕につくと殆どすぐ眠れます。
 さういつた訳合ひで、昼間随時に居眠ることが多いんです。稽古場の読合せなどの時さへ一寸でも間があると、台詞書を膝に開げたまゝで夢の国へ遊びに行きます。ですから、一座のものには、そのポーズが居眠りをして居ると分つて居ても、わたしは俗にいふ船を漕ぐといふ方でなく、不動の姿勢で居るために、その習慣を知らないものにはさらに気がつかないんです。ところが、その延長で舞台でも眠る悪る癖がありました。
 武士は轡の音で目を覚ますの喩で、正にいざといふ時には不思議に目が醒めますね。詰り神経は眠つて居ないんでせう、……でもさういふ時はキツカケが何秒かは遅れるので、一緒に出て居る者には多少迷惑をかける訳になりますが、自分にとってはかういふ時ほどいゝ気持ちで眠つて居る時なんです。尤もさういふ時は必ず其処に眠るだけの隙もあるからでもありますが……
 一々話て居ては切りがないので、一つ二つ書くことにしませう、ですが此の最初のものは、これまでにもよく話題になつて居るので御存じの方もあると思ひますが、とにかく年代順としつゝ掻いつまんで御披露しませう。
 これは明治三十四年の二月、大阪の朝日座に一座を組織して居た時代、徳冨氏の「不如帰」を脚色して始めて上演した時のこと、その大詰の「浪子臨終の場」の出来ごとなのですが、筋を少し書かないと模様がはつきりしないので、その一端を示すとしませう。
 幕が明くと、和洋折衷の二間続きで、下手は上手よりせまいが純然たる洋式のこしらへ、上手の方へ寝台を置いて、これに浪子が横たはつて居る、其れへ主治医の博士が既に注射を為終へた処で、浪子を取巻いて、伯母の加藤夫人、乳母、その他五六人居て、孰れも無言、博士の旨により加藤夫人が皆をつれて去る。……或る者は洋間との境へ金屏風をかこつて退くが、凡て沈黙のうちに行はれる。少時して、洋間の方へ、山木兵蔵を女中が案内してくる。そこへ加藤夫人(浪子の伯母)が出てこれに応対する。山木は立派な果物籠をもつて川島家から浪子の見舞に代理として来た心。それを加藤夫人はおだやかに、けれども厳然と見舞を受附けない、山木は止むを得ず、すご/\果物の籠を持つて帰へつてゆく。其処へ入れかはつて主治医が出る、続いて片岡中将(浪子の父…

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