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白っぽい洋服
しろっぽいようふく
作品ID52255
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」 国書刊行会
1995(平成7)年8月2日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-07-10 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 務は電車の踏切を離れて丘の方へ歩いた。彼は一度ならず二度三度疾走して来る電車を覘っていたが、そのつど邪魔が入って目的を達することができなかった。彼は混乱している頭で他に死場所を探さなければならなかった。彼はいらいらした気もちで歩いていた。
 電車線路のこっちに一幅の耕地を持って高まった丘は、電車が開通するとともに文化住宅地になって、昼間電車の中から見ると丘の樹木の間から碧瓦や赭瓦の簷が見えた。その丘の傾斜面には春の初めには椿の花が覗き、その比は朱や紫の躑躅の花が覗いていた。
 その路には住宅地組合で建てた街燈がぽつぽつあった。もう十時を過ぎているので人通りはほとんどなかった。街燈の燈は務の蒼白い片頬を見せていた。彼はかなり勾配のある傾斜面をあがっていた。街燈の燈は路の左右にある赤松のひょろ長い幹や黒松の幹を見せていた。彼の頭にはその坂道をすこし往った処から右に折れて往く小径が浮んでいた。
 その土地に生れてその土地に住んでいる務は、その辺の地理には精しかった。小径は直ぐであった。彼は小径を右に折れて往った。そこは住宅地に住む人達の朝晩に散歩する処であった。彼はその小径を大半往き尽した所に死場所を求めているのであった。
 その小径には中程に一箇処、あがりきった処に一箇処の街燈があった。務の頭の中は死を追う焦慮と、妻子を遺して死んで往く悲しみと、脚下をすくわれたような恨みで混乱していた。彼の前には蒼い長手な顔の紫色の唇をした大柄な女の姿が浮んでいた。
 小径は残りすくなになって来た。路の左側から下垂れて出た赤松の枝が頭の上にあった。丘のあがりたてに点いた街燈の燈が微にぼんやりした光を投げている。務はその下に往くとぴったり足を停めてその枝をじっと見あげた後に両手を兵児帯に掛けていそがしそうに解いた。そして、くるくると解けたその帯の一方を円めて枝の方に投げた。帯は枝にかからないでそのまま落ちて来た。彼はいそがしそうにまたそれを手繰って初めのようにして投げた。
 今度は枝を越してその端がふうわりと前に来た。務は手早くその端と手にしている一方の端を入り違わせて、己の額のあるあたりで結んだ。彼はそうして石のようになって立っていたが、思いだしたようにそれに両手をかけて上に攀じのぼるようにした。
「あなたは、何をなさるのです」
 耳許で叱り咎めるような声がするとともに右の腕首をぐいと捉んだ者があった。務は浮かしていた体をしかたなしに下に落した。
「務じゃないか」
 驚いたように云った対手の温な呼吸が頬にかかるように思った。務は驚いて眼をみはった。
「俺だよ、正義だよ」
 務は同時に白っぽい洋服を着た兄の鈎鼻のある顔を見つけた。
「ああ」
「お前が倉知さんへ往っていると云うから、ついでに挨拶して来ようと思って、あがらずに来た、何故そんな、つまらない真似をするのだ」
「わ、わた…

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