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女の姿
おんなのすがた
作品ID52285
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」 国書刊行会
1995(平成7)年8月2日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-07-05 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 明治三十年比のことであったらしい。東京の本郷三丁目あたりに長く空いている家があったのを、美術学校の生徒が三人で借りて、二階を画室にし下を寝室にしていた。
 夏の夜のことであった。その晩はそのあたりに縁日があるので、夕飯がすむと二人の者は散歩に往こうと云いだしたが、一人は従わなかった。
「杖頭もないのに厭なこった」
「まあ、そんなことを云わずに往こうじゃないか、今晩はきっと美人がいるぜ」
「杖頭がないのに、美人を見たら、尚おいけない、厭だ、厭だ」
「人のすすめる時には往くものだよ」
「厭だ、厭だ、人の汗なんか嗅いで歩るくのは、御苦労なこった」
 こんな会話があってから、二人の生徒が出かけて往ったので、家に残った生徒は横になって雑誌の拾い読みをしていたが、睡くなったので蚊帳の中へ入って寝た。そして、とろとろとしていると、何か物の気配がするので眼を開けて枕頭を見た。枕頭になった蚊帳の外には一人の女が坐っていた。生徒はびっくりして眼を[#挿絵]ったところで、女の姿はもう無かった。
 生徒は鬼魅が悪くなったので、寝床を飛びだして二階へあがり、洋燈の燈を明るくして顫えていると、間もなく二人の生徒が帰って来た。
「おい、ちょっと二階へあがってくれ、話がある」
 そこで二人の生徒が二階へあがってみると、後に残っていた生徒がみょうな顔をしている。
「どうした、何をしているのだ」
「まあ坐れ、少し話がある」と云って、二人が坐るのを待って「この家は化物屋敷だぜ」
「どうして、何かあったのか」
「君等が出て往った後で、蚊帳へ入って、少し睡って、今度眼を覚まして枕頭を見ると、蚊帳の外に女が坐っていた」
 それを聞くと二人の生徒が笑いだした。
「君が恐ろしいと思ってたから、見えたのだ、神経さ」
と一人が云うと、一人が、
「だからいっしょに出よと云うに出ないからだよ」
「とにかく、僕は厭だ、君等が出ないなら、僕一人で出て往くよ」
 翌日になると彼の生徒は、二人に別れてそこを出て往った。二人の者は出て往った朋友の臆病を笑っていた。
 そして、それから五六日経ってのことであった。二人でいっしょに寝ていた生徒の一人が、ふと眼を覚してみると枕頭に一人の女が坐っていた。彼はびっくりして睡っている朋友を揺り起した。
 で、その朋友も眼を開けて枕頭を見た。やはり坐っている女の姿が眼に入った。
 翌日になってその二人も他へ引越して往ったので、その家はまた暫く空家になっていた。



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