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宇賀長者物語
うかのちょうじゃものがたり
作品ID52287
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第二巻 幽霊の館」 国書刊行会
1995(平成7)年8月2日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-07-15 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]

 牡丹の花の咲いたような王朝時代が衰えて、武家朝時代が顕れようとしている比のことでありました。土佐の国の浦戸と云う処に宇賀長者と云う長者がありました。浦戸は土佐日記などにも見えている古い土地で、その当時は今の浦戸港の入江が奥深く入り込んで、高知市の東になった五台山と呼んでいる大島や、田辺島、葛島、比島など云う村村の丘陵が波の上に浮んでいた。長岡郡の国府に在任していた国司などが、任期を終えて都へ帰って往くには、大津の崎と云う処から船に乗って、入江の右岸になったこの地をさして漕いで来て、それから外海に出て、泊り泊りを追うのでありました。宇賀長者は、ここに大きな邸をかまえて、莫大な富を作っておりました。その田地から獲れる米のすり糠が、邸の傍に何時も大きな山をこしらえていたので、糠塚長者と呼ぶ者もありました。
 この長者の家では、附近の土地を耕すほかに、海の水を煮て塩を製し、また魚などを獲っておりました。それには二百人に近い奴隷がいて、その仕事をやっておりました。長者は太い赤樫の杖を持って、日毎に奴隷の前にその姿を見せました。赤樫の杖は、時とすると、奴隷どもの肩のあたりに蛇のように閃きました。奴隷どもはその杖を非常に恐れました。
 それは晩春の明るい正午さがりのことでありました。紺青を湛えたような海には、穏かな小さな波があって、白い沙浜には、陽炎が処どころに立ち昇っておりました。そこには潮風に枝葉を吹き撓められた磯馴松が種種な恰好をして生えておりました。その中のある松の下には、海の水を入れた塩汲桶を傍に据えて、腰簑をつけた二人の奴隷が休んでおりました。一人は痩せた老人で、それは浮出た松の根に腰をかけておりました。一人は物に劫えるようなおどおどした眼つきをした壮い男で、それは沙の上に腰をおろして、両足を投げ出しておりました。壮い男は思い出したように小さな声で、「お月灘桃色、だれが云うた、様が云うた、様の口を引き裂け」と、調子をつけて歌を歌うように云いました。
「お前はどこから来た」と、老人は思い出したように壮い男の顔を見て問いました。
「西の方から来た」と、壮い男は云いました。この壮い男は、人買船から長者の家に揚げられたばかりでありました。
「西はどんな処だ、よい処か」と、老人はまた問いました。
「好い処とも、それは好い処だよ、磯には球にする木が生えていたり、真珠を持った貝があったりするから、黄金ときれいな衣をどっさり積んだ商人船が都の方から来て、それと交易して往くことがあるよ」
「球にする木と、真珠を持った貝、何故またそんな好い処を捨てて、こんな地獄のような処へやって来た」
「人買に掠奪われたのさ」
「お前もやっぱりそうか、俺もそうだが、俺は小供の時だった、故郷は判らないが、どうもここから東北のように思われる、やっぱり海があって、海の中には数多の島があ…

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