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妖影
ようえい
作品ID52290
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第一巻 女怪の館」 国書刊行会
1995(平成7)年7月10日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-06-02 / 2014-09-16
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]

 私はこの四五年、欲しい欲しいと思っていた「子不語」を手に入れた。それは怪奇なことばかり蒐集した随筆であって、序文によるとその著者が、そうした書名をつけたところで、他に同名があったので、それで改めたものらしい。表紙には「新斎諧」としてある。それは私の家へ時折遊びに来る男が、知らしてくれたものであった。
「大学前の、あの和本屋にあるのですよ、新斎諧と云うのでしょう」
 と、その男は云った。それは十二三冊の小さな黄表紙の唐本で、明治四十年比、私は一度浅草の和本屋で手に入れたが、下宿をうろついている間に無くしたので、この四五年欲しいと思っていた。この春、芥川龍之介氏と逢った時にも「子不語」の話が出て、
「あれは子不語ばかり別になったものがありますか」
 と、芥川氏が云うので、
「僕は一度持ってて、失くしましたから、探しておりますが、どうも見つかりません」
 と云ったこともあった。こんなことで、古本に趣味を持って、唐本などを漁っている知人へは、それぞれ頼んであったので、それで、その男が知らしてくれたものであった。私はそれを聞くと、山の手の谷の底では、二三日前に降った雪が、屋根にも路ぶちにも一面にあって、寒い晩であったにも係わらず無くならないうちにと思って、またその男を伴れて、大学前へ往って、それを買いとり、帰りに寒くはあるし、一つにはその男への礼心もあったので、すぐ傍の西洋料理へ入って、ストーブの火に暖まり、暖かい二三品の料理をつッつきながら、いろいろの話をしていると、その男が、
「この間中は、変なことばかりで、己が発狂しているからこんな錯覚を起すのではないかと思って、気もちが悪くてしかたがない」
 と云って、話した話がある――
 それは靄の深い晩であった。私は銀座で二三人の同僚と飯を喫って帰っていた。来る電車も来る電車も皆満員であったから、彼の自動車で上野の広小路まで往って、そこから電車へ乗るつもりで降りたがまた例の病気が起って、夜店の古本が覗きたくなったので、切通へ寄った方の人道へと往った。
 店おろしの新らしい古本を並べた店と、雑誌ばかり並べた店を見て往くと、地べたへ莚を敷いて、その上に名のとおりのうす汚い古本を並べた、何時もいる古本屋がいるので、その前にも暫く蹲んでみた。そして、その側の古本店は一とわたり見てしまったので、向側へ往くつもりで、車道を横断っていると、ちょうど動坂の方から出て来た電車がやって来て、すぐ眼の前で停ったので、急いでその電車の前を横断ろうとした。と、電車から降りたのか、それともむこうの方から来たのか、一人の女が小走りに来て、私と擦れちがったが、擦れちがう拍子に、その横顔を見ると、色の白い、面長の左の片頬から眼許にかけて、見覚えのある親しい顔であるから、朝鮮の方へ往ってると聞いていたものではあるが、東京に来ていないとも限らな…

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