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感化院の太鼓(二場)
かんかいんのたいこ(にば)
作品ID52304
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
初出「新潮 第二十五年第九号」1928(昭和3)年9月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-25 / 2014-09-16
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

麦太郎
繭子
海老子夫人
女事務員
葱沢院長
袖原さん
其他無言の人物
[#改ページ]


第一場

 公園の一隅――杉の木立を透して黒板塀が続いて見え、梅雨晴れの空に赤瓦が光つてゐる。
 小径を前にして朽ちかけたベンチが一つ、サイダアの空瓶や新聞紙の丸めたのや蹈みつけられた折などがあたりに散らかつてゐる。
 繭子を先頭に、麦太郎、海老子夫人が現はれる。繭子は水色のパラソルをさした二十三四歳の未婚者。麦太郎は金釦の制服に帽子だけ鳥打といふ怪しげないでたち、おまけに勿体らしく細身のステツキをついてゐるが、その手つきはまだ十三四の初々しさである。海老子夫人は、紋附の黒の夏羽織、傘はささずに、扇子をつかつてゐる四十四五の近代母性型、黙つてゐる時、上唇で鼻の孔を塞ぐ癖がある。

海老子  繭ちやんつたら、そんなに早く歩くと、母さんはついて行けないよ。
繭子  だつて、麦ちやんが、うしろから背中をつつくのよ。
麦太郎  (前に差出したステツキを引つ込めて)また、おれのせゐにしやがる。
海老子  今日だけ大人しくしてゐておくれね、麦ちやん……。さ、ここでしばらく休んで行かう。かう息が切れてゐては、院長さんとお話もできやしない。(ハンケチを敷いてベンチに腰をおろす)
繭子  汚れてやしなくつて……(母のする通りにする)
麦太郎  (二人が腰かけるのを見すまし)おれは逃げると……(かう云ひながら、一目散に走り出す)
海老子┐
   ├ (同時に顔を見合せ、同時に起ち上り絶望的に、)麦ちやん!
繭子 ┘
麦太郎  (五六歩、走り出したと思ふと、すぐ戻つて来て)……なんて……。
海老子  (麦太郎の腕を捕へ)喫驚させちや、いや……昨夜あんなに約束したでせう。母さんは決してお前の為めにならない事はしないからつて……。院長さんにもよくお話をして置いたんだからね。感化院つていふと人聞きは悪いけれど、あそこはほかと違つて、決して窮屈な教育法はないんだつて、さう云つたでせう……そこんところは、今までの中学なんかより余つぽど自由なんだよ。絵の好きなものには絵ばかり習はせるし、体操の好きなものには体操ばかりさせるんだしね。お前のやうになんにもしたがらない子には、なんにもさせずに置いて下さるだらう。
麦太郎  嘘つけい。
海老子  ほんとさ。そのうちにだんだんしたいこと、好きなことができて来るやうに教育して下さるんだもの。ねえ、繭ちやん。
繭子  ええ、さうよ。あたしもさういふ学校へ行けばよかつたわ。さうしたら今頃、こんなになつてやしないわ。毎日朝起きると、今日はなにをしようか知らなんて考へないで済むんだわ。
麦太郎  おれやそんなこと考へねえや。
海老子  だからさ、お前はそれでいいんだよ。ただ、自分で何がしたいのか知らずにゐるだけさ。お前のすることは、何一つとして、好きでしてることぢやない…

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