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写真(一幕)
しゃしん(ひとまく)
作品ID52307
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-06 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
三好大尉
三好夫人
女中
隣の細君
忠坊

東京の郊外――初秋の午後。
三好大尉の家――庭に面した八畳の座敷。
[#改ページ]

縁先に腰をかけ、一心に写真ブツクの写真に見入つてゐるのが隣の細君である。
そこへからだを乗り出すようにして、頻りに写真の説明をしてゐるのが三好大尉夫人。

三好夫人  早いもんですね。もう今年で六年目ですからね。
隣の細君  ほんとにね。でも、お子様はお一人きりですし、お気楽ですわ。
三好夫人  気楽なもんですか。これが、宅の両親ですの。ええまだぴんぴんしてますわ。これが宅の姉の片づいた先の母親の兄の子ですから……つまり、何にあたりますか……。
隣の細君  なるほどね。
三好夫人  これは、前の聯隊長さんですの。
隣の細君  へえ。
三好夫人  奥様がいい方でしてね。
隣の細君  全くね。
三好夫人  宅は、それや、隊長には運がいいんですの。初め任官当時の聯隊長が、今参謀本部にいらつしやる塚本中将で、部下の面倒をよく見て下さる方ですしね、そのつぎの方は、今写真があつた、あの方で、少将になつておやめになりましたけれどね、軍縮でね、これがまた、よくわけのわかつた方で、宅なんか新参の中尉だつたんですけれど、陸軍大学の方もすぐに受けさして下さいましたしね。その頃の大隊長は……。
隣の細君  まあ、可愛い赤ちやんですこと……。お宅の坊ちやんですか。
三好夫人  どれですか。ああ、それはね、違ひますの。やつぱり宅の同期の方で、丁度あたくし達と同じ月に結婚なすつた方のお子さんなんですのよ。その方たちお二人でお写しになつた結婚記念の写真があつた筈ですが……(つぎの頁を繰りなどする)
隣の細君  これ、お宅の旦那様ですね。なんて申すんです、かういふお服は……。大礼服つて云ふんぢやないんですか。
三好夫人  正装つて申しますの、軍隊の方では……。なんだか、子供のやうですわね。
隣の細君  そんなことありませんわ。でも、結構ですわね、こんな立派な旦那様をおもちで……。勲章ですね。
三好夫人  ええ、それは大礼記念章つて申しましてね、今の陛下の御即位当時、特に高等官に賜つたものなんですの。
隣の細君  へえ、さうでせうね、御名誉ですわね。
三好夫人  ええ、まあね。
隣の細君  おや、これはあなた……奥様でせうか……。あら、御免遊ばせ。これ……。
三好夫人  さうですのよ。変に写つてませう。誰でもさう云ひますわ。まるでわからないつて……。どうしてそんなに田舎臭く撮れたんでせう……。一つは写真屋が下手なんですね。やつぱり写真は真崎に限りますわね。
隣の細君  さうでせうかね。
三好夫人  (奥に向ひ)ねえや、お茶の熱いのを一つ入れておいで。
女中  (奥より出て来る)
三好夫人  また返事を忘れたね。この人はそれや働き手ですけれどね、時々、返事を忘れ…

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