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空の赤きを見て
そらのあかきをみて
作品ID52308
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
初出「婦女界 第三十六巻第六号」1927(昭和2)年12月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-11 / 2014-09-16
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
周蔵
周一
兼子
美代
医師
宮下

東京の裏町――周蔵一家の住居
座敷に通ずる茶の間
[#改ページ]


座敷は周蔵の病室になつてゐる。屏風の陰から時々、力のない咳が聞える。

兼子  (茶の間で火をおこしながら)又、お咳が出ますね。今すぐお薬をあげますから、独りでお起きになつちやいけませんよ。
周蔵  …………。
兼子  急ぐ時には、ほんとに困つちまふ、この炭は……。(かう云つて、座をたつ。奥にはひる。やがて、奥で)あら、お起きになつちやいけませんつて云つてるのに、いやね、お父さんは……。どうなすつたの……。そんなにお苦しいの。どら、そつと横におなりなさいね、さすつてあげますから……。そんなことなすつてらつしやると、旅行が駄目になりますわ。せつかくお医者さまのお許しが出たのに……。(間)え、そんなことあるもんですか。大丈夫ですわ。
周蔵  おれにはちやんとわかつとる。だが、お前たちに心配をかけてすまん。
兼子  そんなことありませんわ。ちやんと当てがあつて出掛けたんですから、ちつともそんな……。もうそろ/\帰つてらつしやる時分よ。さうすると、何時お発ちになるかきまるわけね。もうすつかりこつちは用意ができてるんですから、いざつて云へば何時でも切符を買ひに行くばかりですわ。(間)いゝわね、今ごろの汽車の旅は……。でもお疲れにならないか知ら……。何時間ですの、十時間ぐらゐ……?
周蔵  どうせ寝たきりなんだから、窓から外を見る事も出来ず、たゞ、ゴトゴトとゆられるだけが、旅と云へば旅さ。
兼子  ほんとにね。ですけれど、あつちへお着きになれば、こんなコセコセしたところでなく、広々した畑や森を見晴らせる、それこそ、別天地で、ゆつくり養生なされるんですから、どんなにいゝか知れませんわ。
周蔵  なに、養生しに行くんぢやない。どうせ死にに行くのさ。
兼子  また、そんな……。
周蔵  おれも、若い頃は、何か出来さうに思つて東京へ出て来たんだが、此の年になるまで、たうとう運が向かずにしまつた。葬式代一つ溜めず、おめおめ国へ帰つたところで、誰も好い顔をして迎へてくれはすまいが、それでも、このまゝお前たちの世話になつてゐるより、気は楽だ。
兼子  どうして、お父さんは、さうなんでせう。親が年を取つて、子供の世話になるのは当り前ですわ、あたし、何時でも周一さんにさう云つてるんですわ、お父さんは、なんだつて、あんなに気兼ねばかりなさるんだらうつて……。
周蔵  お前は感心な嫁だ。いや、ほんとだよ。お世辞にでもさう云つてくれるのはうれしい。おい、その障子を少し開けてくれ。
兼子  蠅がまた出て来ましたね。取りませうか。(蠅叩きで蠅を取る音)
周蔵  周一は、ほんとに金の出来る当てがあるのかい。
兼子  あるつて云つてましたわ。
周蔵  何処だ。
兼子  さあ、何処ですか………

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