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動員挿話(二幕)
どういんそうわ(ふたまく)
作品ID52309
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
初出「演劇芸術 第一巻第五号」1927(昭和2)年9月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-29 / 2014-09-16
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
宇治少佐
従卒太田
馬丁友吉
少佐夫人鈴子
友吉妻数代
女中よし

時  明治三十七年の夏

所  東京
[#改ページ]


第一幕

宇治少佐の居間――夕刻

従卒太田(騎兵一等卒)が軍用鞄の整理をしてゐる。
鈴子夫人が現れる。

夫人  さ、此の毛糸のチヨツキをどこかへ入れといて頂戴。――あとから送つてもいゝけれど、どさくさ紛れに失くなされでもするとつまらないから……。それに、もう、あつちは、九月になると寒いつて云ふぢやないの。――何もかも、あんたのお世話になるのね。ほんとに、よろしく頼むわ。大変だらうけれど……。病気だけは気をつけてあげて頂戴ね。すぐおなかをこはすのよ。
従卒  さうすると、入れるものは、これだけでありますか。
夫人  さうね……。もう大概それくらゐのもんね。お護りはあすこへ入れたと……。
従卒  ウイスキイは二本でよろしうありますか。
夫人  沢山でせう。御自身でも一つ、図嚢へ入れてらつしやるのよ。
従卒  太田も一つ持つて行きます。それから馬丁もゐますから……。
夫人  そんなに……? 寒い晩にお酒なんかあがるのはいけないんださうだけれどね。よく凍死するんですつて、それで……。
従卒  は?
夫人  凍えて死ぬのよ。お酒に酔つてなんかゐると……。
従卒  どうしてでありますか。
夫人  どうしてだか知らないけれど……。婦人会の講話で、さう云ふお話をうかゞつたことがあるわ。あんたは飲まないのね。
従卒  はあ駄目であります。
夫人  駄目の方がいゝわ。

(此の時、宇治少佐、浴衣姿にて現る)

少佐  もう片づいたか。
従卒  はあ、片づきました。
夫人  ウイスキイばかりこんなにお持ちになつて、どうなさるんですの。
少佐  お前の知つたことぢやない。(太田に)そいぢや、今日は帰つていゝ。家のものには、もう会つたのか。
従卒  いゝえ、まだ会ひません。別に用もありません。
夫人  でもねえ……。
少佐  明日は来んでもいゝ。それから、副官に、今晩はもう用はないからつて、さう云へ。
従卒  は。副官殿に、今晩はもう用はないつて、さう申します。(証明書を取り出し)御判をどうぞ……。
少佐  出発前に、からだをこはさんやうにせい。
従卒  はあ。(軍用鞄を担ぎ、出で去る)
夫人  御苦労さま。

(少佐と夫人とは、対座したまゝ、暫く無言。――おもてを号外売りが通る)

夫人  号外、買はせませうか。
少佐  うむ。
夫人  (奥に向ひ)よしや、号外を買つて来て御覧。
よしの声  はい。

(長い沈黙)

夫人  何を考へていらつしやるんですの。
少佐  あいつ、また馬丁部屋へあそびに行つてゐるんじやないか。
夫人  猛ですか。
少佐  数つて云ふ女は、どうも子供によくない智恵をつけていかん。玩具の鉄砲を自分の喉に当てゝ、自殺をする真似…

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