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色町洋食
いろまちようしょく |
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作品ID | 52320 |
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著者 | 古川 緑波 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「ロッパの悲食記」 ちくま文庫、筑摩書房 1995(平成7)年8月24日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-01-07 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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大久保恒次さんの『うまいもん巡礼』の中に、「古川緑波さんの『色町洋食』という概念は、実に的確そのものズバリで」云々と書いてある。
ところが、僕は、色町洋食なんて、うまい言葉は使ったことがないんだ。僕の所謂日本的洋食を、大久保さんが、うまいこと言い変えて下さったもの。然し、色町洋食とは、又何と、感じの出る言葉だろう。
もっとも、これは関西でないと通じない、東京では、色町とは言わないから。
で、僕も、大久保さんの、色町洋食という言葉を拝借して、その思い出を語らして貰おう。
色町洋食と言われて、いきなり思い出したのは、宗右衛門町の、明陽軒だ。入口に、磨硝子の行燈が出ていて、それに「いらせられませ、たのしいルーム」と書いてあった。
その、たのしいルームへ、僕は幾たび通ったことであろう。
南の妓、AとBとCと――ああ思い出させるなア、畜生――然し、そういう色っぽい話は又別のことにしよう。やっぱり僕は、専攻の洋食について語らねばならない。
A女は、アスパラガスを好みたりき。
B女は、「うち、チキンカツやわ」と言う。その、「カツやわ」を、「カッチチヤワ」と発音する。
C女は、「ハラボテお呉れやす」
ハラボテとは、オムライスのこと。オムライスの、ふっくりとふくれた姿を、ハラボテ女に見立てたものだろう。
僕は、今、昔の遊蕩と、食慾の思い出に、頬の熱くなるものを覚える。
南に、たしか、タカザワという、うるさい洋食屋があった。うるさいというのは、此の店の主人(兼料理人)が、うるさい。口ぎたなく客に喧嘩を売るようなことを言う、つまりは、「うちの洋食がまずかったら銭は要らねえ」式の、江戸っ子で、ポンポン言う奴なのだ。で又、それが、売りものになり、名物にもなっていたんだろう。
タカザワの名物は、カレーライスだった。ピリッと辛いが、それは中々うまかった。
そこである夜、僕が食っていると、色町のオチョボさん(ていうんだろう。牛若丸みたいな髪を結ってる小女だ)が、出前の註文に来た。
「あンネへ」というような、可愛らしい前置詞(?)があって、カレーライスを何人前とか届けて呉れ、と言うのだ。
但し、お客さんが咽喉を悪くしているから、辛くないカレーライスにして下さい。
そう言った。これは、大阪弁に翻訳すると益々可愛く聞えるのである。
すると、うるさいオヤジが、いきなり言った。
「うちにゃア、辛くねえカレーライスなんてものは無えよ」
と速口だから、オチョボは、きき取れなかった。
「へ?」
ときき返す、その可愛い顔へ、ぶつけるように、オヤジ又言った。
「カレーライスってものは辛いもんだ。うちにゃあ、辛くねえカレーは無えんだよ」
まるで、叱られたみたいに、オチョボは、ちぢみ上ったように、
「へ、そうだっか」
と言うなり、逃げるように、出て行ってしまった。
僕…