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清涼飲料
せいりょういんりょう |
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作品ID | 52328 |
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著者 | 古川 緑波 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「ロッパの悲食記」 ちくま文庫、筑摩書房 1995(平成7)年8月24日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-01-16 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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九月の日劇の喜劇人まつり「アチャラカ誕生」の中に、大正時代の喜歌劇(当時既にオペレットと称していた)「カフエーの夜」を一幕挿入することになって、その舞台面の飾り付けの打ち合せをした。
日比谷公園の、鶴の噴水の前にあるカフエー。カフエーと言っても、女給のいる西洋料理店の、テラスである。
となると、誰しもが、当時そういうところには必ず葡萄棚が出来ていて、造花の葡萄が下っていたり、季節によっては藤棚になったりしていたもんだねえ、と言い合った。そして、その棚からは、季節におかまいなしに、岐阜提灯が、ぶら下っていた。岐阜提灯には、三ツ矢サイダー、リボンシトロンなどの文字が見えた。
「金線サイダーってのがあったな」
誰かが言った。そうそう、金線サイダーってのは、相当方々で幅を利かしていたっけ。清涼飲料、何々サイダーという広告。
清涼飲料という名前は、うまいなあ。如何にも、サイダーが沸騰して、コップの外へ、ポンポンと小さな泡を飛ばす有様が浮んで来るようだ。
清涼飲料にも、いろいろあった。と「カフエーの夜」から、思い出が又拡がった。
金線サイダーも、リボンシトロンも、子供の頃からよく飲んだ。が、やっぱり一番勢力のあったのは、三ツ矢サイダーだろう。
矢が三つ、ぶっ違いになっている画のマークは、それに似たニセものが、多く出来たほどだった。
その頃、洋食屋でも、料理屋でも、酒の飲めない者には必ず「サイダーを」と言って、ポンと抜かれたものである。
ビールや、サイダーに、「お」の字を附けたのは、何時の頃からであろうか。
三ツ矢サイダーの他に、小さい壜の、リボンラズベリーや、ボルドー、リッチハネーなんていうのもあった。が、それらの高級品よりも、われら子供時代の好みは、ラムネにあったようだ。
ラムネを、ポンと抜く、シューッと泡が出る。ガラスの玉を、カラカラと音をさせながら転ばして飲むラムネの味。
やがて、僕等が中学生になった頃だと思うんだが、コカコラが、アメリカから渡来したのは。
いまのコカコラとコカコラが違った。
第一、名前も、コカコーラと、引っぱらずに、コカコラと縮めて発音していた(日本ではの話ですよ)。そして、名前ばっかりじゃないんだ、味も、色も、確かに違っていた。
色は、いまのコーラが、濃いチョコレート色(?)みたいなのに引きかえて、アムバーの、薄色で、殆んど透明だったようだ。
味には、ひどく癖があって、一寸こう膠みたいなにおいがする―兎に角、薬臭いんだ。だから、いまのコーラとは、殆んど別な飲みものだと言っていい。コカコラの中に、コカインが入っていたってのは、その頃の奴じゃないだろうか。いまのには、そんなものが入っているような気がしないし、第一、うまくない。
尤も、終戦直後、GIたちの、おこぼれを頂戴して飲んだ頃は、うまいなあと思った。僕は、併…