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リシダス
リシダス |
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作品ID | 52384 |
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著者 | ミルトン ジョン Ⓦ |
翻訳者 | 上田 敏 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「上田敏詩集」 玄文社詩歌部 1923(大正12)年1月10日 |
入力者 | 川山隆 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2012-08-27 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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今一たびは、あはれ桂よ。今一たびは
なれ鳶色のみるて樹よ。鳶よ、ときはの。
我は來り、摘まんとすなり、みのり淺き澁きなが果を。
強ひてする指もなめげに
なが葉をぞ、打ちふるふなる、みのり時、まだ來ぬ前に。
胸にせまる、にがき思、いともいとも悲しき事の、
我を強ひ、時ならぬ汝を、さわがしむなる。
その故よ、リシダス逝きぬ、逝きにけりな、盛りのまへに、
うらわかき、リシダスの君、たぐふべき、ものも殘さで。
誰れか夫れ、リシダスの爲め、うたはざる。彼にもまた
自ら詠じ、たけたかき韻を連ぬる才ありき。
いたづらに、水の棺にうきうきて、
泣くひともなく物こがす風にただよひ、えあらむや
しらべよき、歌の涙の、酬もなくて。
歸り來よ、アルフイイアス、恐ろしき聲己みにけり
なが水を、震はしめたる。歸り來よ、シシリヤの神。
願くば、かの谷をよび、こゝにちらせ、
千ぐさの色の、鐘ばな、小花。
木々の蔭、吹く風、あるは迸る、小川のほとり、
ささやぎの、聲も聞えて。
そこのみぞ、物黒くする、かの星も、よそに見るてふ、ひくき野よ、
こゝに投げよ、縁の土に、甘露吸ふ、
なが清らにも、かゞやくまなこと、
又は春の、花にも染めよ、野邊の色。
持ち來れ、人に知られで、枯れて行く、春早咲きの櫻草、
房にも群るゝ蔦の花、色青白の茉莉花や、
白き石竹又はかの黒斑なる遊蝶花、
かゞやく菫、
白さうび、裝ひあつき、忍冬、
垂るゝ頭に、物おもふ、色青ざめし、金盞花、
とりてあつめて悲しげに、かざりよそほふ、花のなべてを。
鷄頭は、その美しさ、注ぎもつくせ、
水仙は、さかづきみたせ、涙の珠に、
歌人のシリダス[#「シリダス」はママ]眠る、そのおくつきに、散らす術にも。
かくも歌ひぬ、賤が男は、柏に河に。
さる間、しづけき朝は、灰色のあゆひして行きぬ。
くさぐさの、琴の緒にふれ、
思ひも深く彼ぞ歌ひし、いにしへのドリヤのしらべ。
かくて今、日は山々の蔭を長くし、
かくて今沈みにけりな、西の入江に。
今はとて、彼立ちあがり、
空色の、衣をまとひつ、
明日こそは、新しき森、新しき野に。