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鳴門秘帖
なるとひちょう
作品ID52406
副題04 船路の巻
04 ふなじのまき
著者吉川 英治
文字遣い新字新仮名
底本 「鳴門秘帖(三)」 吉川英治歴史時代文庫4、講談社
1989(平成元)年9月11日
「鳴門秘帖(二)」 吉川英治歴史時代文庫3、講談社
1989(平成元)年9月11日
入力者門田裕志
校正者トレンドイースト
公開 / 更新2013-04-15 / 2014-09-16
長さの目安約 281 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

心の地震

 鬱然とした大樹はあるが、渭山はあまり高くない。山というよりは丘である。
 西の丸、本丸、楼台、多門など――徳島城の白い外壁は、その鬱蒼によって、工芸的な荘重と歴史的な錆をのぞませ、東南ひろく紀淡の海をへいげいしていた。
 城下をめぐる幾筋もの川は、自然の外濠や内濠のかたちをなし、まず平城としては申し分のない地相、阿波二十五万石の中府としても、決して、他国に遜色のない城廓。
 その三層楼のやぐら柱にもたれて、さっきから、四方を俯瞰している人がある。
 太守である。阿波守重喜だ。
 かれは、そこからかすかにみえる、出来島の一端を見つめた。河にのぞんだ造船場がある。多くの工人、船大工が、しきりに巨船を作っていた。
 すぐ、その眼を、徳島城の脚下にうつした。
 そこにも、多くの石工が、外廓の石垣を築いていた。搦手の橋梁や、濠を浚う工事にもかかっている。
 石垣の修築は、幕府の干渉がやかましいものだが、阿波守は、わずかな河川の修復を口実にして大胆にこの工を起こした。しかもそれは大がかりな城廓の手入れらしい。
 のみや槌の響きは、何か新興の力を思わせる。阿波守の胸には、その音が古き幕府に代るものの足音として衝ってくるのだ。――四顧すれば海や空や本土のあなたにも、皇学新興の力、反徳川思想がみちみちて、ひとたび、この渭之津の城からのろしをあげれば、声に応じて西国の諸大名、京の堂上、それに加担するものなどが、ときの声をあげるだろう。
 重喜の眸は、そんなことを想像しながら、時の移るのを忘れていた。
「だが? ……」
 ふと、自分で自分に反問する。
「大事――未然に洩れては、すべての崩壊だ。この城、この国、一朝にして、資本も子も失くすことになる」
 望楼を歩きながら阿波守、しきりに苦念の様子である。ゆるく、的なく、一歩一歩と踏む足には力をこめたが、胸底の憂暗、かれの横顔をおそろしく青くみせた。
「堂上方を中心として、竹内式部、山県大弐、そのほか西国の諸侯数家、連判をなし血誓の秘密をむすび、自分はすでにその盟主となっている。今に及んで、卑怯がましい、なんの、これほどの大事をあぐるに!」こう、動じやすい意志を叱って、唇をかんだ。
「よしや、江戸表で、うすうすぐらいな疑いを持つとも、城壁の改築や、造船の沙汰ほどなら、いくらでも言い解く口実の用意はある」
 さらに、強くなれ、強くなれ! とそこで、徳島城を踏みしめた。
 で――、やや明快な面をあげ、サッと海風のくるほうを眺めると、今、淡路の潮崎と岡崎の間を出てゆく十五反帆の船が目につく。
 帆じるしをみて、重喜にも、それが商船であることが分った。
 月に一度ずつ、大阪表へさして、藍、煙草、製紙などを積んでゆく、四国屋の船である。
 と思うと、脚を深く入れた、塩積船が出てゆくし、あなたからも岡崎の港へ、飛脚船や納戸方の用船な…

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