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三国志
さんごくし |
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作品ID | 52416 |
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副題 | 08 望蜀の巻 08 ぼうしょくのまき |
著者 | 吉川 英治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「三国志(五)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社 1989(平成元)年4月11日 「三国志(六)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社 1989(平成元)年5月11日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2013-10-03 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 326 ページ(500字/頁で計算) |
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降参船
一
「この大機会を逸してどうしましょうぞ」
という魯粛の諫めに励まされて、周瑜もにわかにふるい起ち、
「まず、甘寧を呼べ」と令し、営中の参謀部は、俄然、活気を呈した。
「甘寧にござりますが」
「おお、来たか」
「いよいよ敵へお蒐りになりますか」
「然り。――汝に命ずる」
周瑜は厳かに、軍令をさずけた。
「かねての計画に従って、まず、味方の内へまぎれこんでいる蔡仲、蔡和のふたりを囮とし、これを逆用して、敵の大勢をくつがえすこと。……その辺はぬかりなく心得ておろうな」
「心得ておりまする」
「汝はまず、その一名の蔡仲を案内者として、曹操に降参すと称え、船を敵の北岸へ寄せて、烏林へ上陸れ。そして蔡仲の旗をかざし、曹操が兵糧を貯えおく粮倉へ迫って、縦横無尽に火をつけろ。火の手の旺なるを見たら、同時に敵営へ迫って、側面から彼の陣地を攪乱せよ」
「承知しました。して残る一名の蔡和はいかがいたしますか」
「蔡和は、べつに使いみちがあるから残して行くがよい」
甘寧が退がって行くと、周瑜はつづいて、太史慈を呼び、
「貴下は、三千余騎をひっさげて、黄州の堺に進出し、合[#挿絵]にある曹軍の勢に一撃を加え、まっしぐらに敵の本陣へかかり、火を放って焼き討ちせよ。――そして紅の旗を見るときは、わが主呉侯の旗下勢と知れかし」
第三番目に、呂蒙を呼んだ。
呂蒙に向っては、
「兵三千をひいて、烏林へ渡り、甘寧と一手になって、力戦を扶けろ」
と命じ、第四の凌統へは、
「夷陵の境にあって、烏林に火のかかるのを見たら、すぐ喚きかかれ」
と、それへも兵三千をあずけ、さらに、董襲へは、漢陽から漢川方面に行動させ、また潘璋へも同様三千人を与えて、漢川方面への突撃を命じた。
こうして、先鋒六隊は、白旗を目じるしとして、早くも打ち立った。――水軍の船手も、それぞれ活溌なうごきを見せていたが、かねてこの一挙に反間の計をほどこさんものと手に唾して待っていた黄蓋は、早速、曹操の方へ、人を派して、
「いよいよ時節到来。今夜の二更に、呉の兵糧軍需品を能うかぎり奪り出して、兵船に満載し、いつぞやお約束のごとく、貴軍へ降参に参ります。依って、船檣に青龍の牙旗をひるがえした船を見給わば、これ呉を脱走して、お味方の内へすべり込む降参船なりと知りたまえ」
と、云い送った。
ひそやかに、誠しやかに、こう曹操の方へは、諸事、しめし合わせを運びながら、黄蓋は着々とその夜の準備をすすめていた。まず、二十艘の火船を先頭にたて、そのあとに、四隻の兵船を繋けた。つづいて、第一船隊には、領兵軍官韓当がひかえ、第二船隊には同じく周泰、第三の備えに蒋欽、第四には陳武と――約三百余艘の大小船が、舳をならべて、夜を待ちかまえた。
すでに宵闇は迫り、江上の風波はしきりと暴れていた。今暁からの東南風は、昼をとおして、…