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遠野物語
とおのものがたり
作品ID52454
著者柳田 国男
文字遣い新字旧仮名
底本 「新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺」 角川文庫、角川書店
1955(昭和30)年10月5日
初出「遠野物語」柳田國男、1910(明治43)年6月14日
入力者kompass
校正者木下聡
公開 / 更新2023-08-08 / 2023-08-04
長さの目安約 80 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

初版序文


 この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分をりをり訪ね来たり、この話をせられしを筆記せしなり。鏡石君は話上手にはあらざれども誠実なる人なり。自分もまた一字一句をも加減せず感じたるままを書きたり。思ふに遠野郷にはこの類の物語なほ数百件あるならん。われわれはより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所には、また無数の山神山人の伝説あるべし。願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広のみ。
 昨年八月の末自分は遠野郷に遊びたり。花巻より十余里の路上には町場三か所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりもはなはだし。あるいは新道なるがゆゑに民居の来たりつける者少なきか。遠野の城下はすなはち煙花の街なり。馬を駅亭の主人に借りて独り郊外の村々を巡りたり。その馬は黔き海草をもちて作りたる厚総を掛けたり。虻多きためなり。猿が石の渓谷は土肥えてよく拓けたり。路傍に石塔の多きこと諸国その比を知らず。高処より展望すれば早稲まさに熟し、晩稲は花盛りにて水はことごとく落ちて川にあり。稲の色合ひは種類によりてさまざまなり。三つ四つ五つの田を続けて稲の色の同じきは、すなはち一家に属する田にして、いはゆる名処の同じきなるべし。小字よりさらに小さき区域の地名は、持主にあらざればこれを知らず。古き売買譲与の証文には常に見ゆるところなり。附馬牛の谷へ越ゆれば早池峰の山は淡く霞み、山の形は菅笠のごとく、また片かなのへの字に似たり。この谷は稲熟することさらに遅く満目一色に青し。細き田中の道を行けば名を知らぬ鳥ありて雛を連れて横ぎりたり。雛の色は黒に白き羽まじりたり。始めは小さき鶏かと思ひしが、溝の草に隠れて見えざればすなはち野鳥なることを知れり。天神の山には祭りありて獅子踊りあり。ここにのみは軽く塵たち、紅き物いささかひらめきて一村の緑に映じたり。獅子踊りといふは鹿の舞ひなり。鹿の角をつけたる面をかぶり童子五、六人剣を抜きてこれと共に舞ふなり。笛の調子高く歌は低くして側にあれども聞きがたし。日は傾きて風吹き酔ひて人呼ぶ者の声も淋しく女は笑ひ児は走れどもなほ旅愁を奈何ともするあたはざりき。盂蘭盆に新しき仏ある家は、紅白の旗を高く揚げて魂を招く風あり。峠の馬上において東西を指点するに、この旗十数か所あり。村人の永住の地を去らんとする者と、かりそめに入り込みたる旅人と、またかの悠々たる霊山とを黄昏は徐に来たりて包容し尽くしたり。遠野郷には八か所の観音堂あり。一木をもちて作りしなり。この日報賽の徒多く、岡の上に燈火見え伏鉦の音聞こえたり。道ちがへの叢の中には雨風祭りの藁人形あり。あたかもくたびれたる人のごとく仰臥してありたり。以上は自分が遠野郷にて得たる印象なり。
 思…

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