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国技館
こくぎかん
作品ID52461
著者太宰 治
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「相撲 第五巻第六号」1940(昭和15)年6月15日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2011-12-23 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 生れてはじめて本場所といふものを、見せてもらつたわけであります。世人のわいわい騷ぐものには、ことさらに背を向けたい私の悲しい惡癖から、相撲に就いても努めて無關心を裝つて來たわけであります。けれども、内心は、一度見て置きたいと思つてゐたのでありました。むかしの姿が、そこにまだ殘つてゐるやうな氣がしてゐたからであります。
 協會から案内の御手紙をもらつたので、袴をはいて出かけました。國技館に到着したのは、午後四時頃でありました。招待席は、へんに窮屈で、その上たいへん暑かつたので、すぐに廊下に出て、人ごみのうしろから、立つて見てゐました。
 雛壇を遠くから眺めると、支那の壺の模樣のやうに見えます。毛氈の赤が、少し黒ずんでゐて、それに白つぽい青が交錯されて在るのです。白つぽい青とは、觀客の服裝の色であります。團扇が無數にひらひら動いてゐます。ここには、もう夏が、たしかに來てゐるのです。
 土俵の黒白青赤の四本の柱は、悲しいくらゐどぎつい原色なのでありました。土俵には、ライトを強くあててゐるらしく、力士の裸體は、赤土色に見えます。埴輪のやうな、テラコツタの肌をしてゐるのであります。
 全體の印象を申せば、玩具のやうな、へんな悲しさであります。泥繪具の、鳩笛を思ひ出しました。お酉樣の熊手の裝飾、まねき猫、あんな幼い、悲しくやりきれないものを感じました。江戸文化といふものは、こんな幼稚な美しさ、とでも言ふものの中に生育してゐたのではないか、とさへ思ひました。
 取組を、四、五番見ましたが、あまり、わかりませんでした。照國といふ力士は、上品な人柄のやうであります。本當に怒つて取組んだら、誰にも負けないだらうと思ひました。相手の五ツ島とかいふ力士の人柄には、あまり感心しませんでした。勝ちやいいんだらう、といふ荒んだ心境が、どこかに見えます。勝負に勝つても、いまのままでは、横綱になれません。もう一轉びの必要があります。
 用事があつたので、照國、五ツ島の取組を見て、それだけで歸りました。
 四、五番を見ただけですから、自信を以ては言へませんけれど、力士の取組に、「武技」といふよりは、「藝技」のはうを、多く感じました。いいことか、惡いことか、私には、わかりません。



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