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簡約医学史
かんやくいがくし
原題A CONCISE HISTORY OF MEDICINE
著者オスラー ウイリアム
翻訳者水上 茂樹
文字遣い新字新仮名
入力者
校正者POKEPEEK2011
公開 / 更新2011-07-03 / 2019-03-25
長さの目安約 53 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 過去3世紀のあいだに英語を話す人たちが平均的に働く一生は2倍になった。一部の人たちは現在と同じであって、人によって強く運が良い人たちは長期間にわたり能率の良い労働力を持っていた。しかし一般人の一生は現在の中年になると使い尽くされてしまった。シェークスピア(1564-1616)の時代に50才は立派であった。「由緒あるランカスター家のジョン・オブ・ゴント老(1340-99)」がそのように呼ばれたときには58才であった。コリニー提督(1519-72)は暗殺されたときに53才であったが当時の伝記作家は非常な老人と書いている。今では60才代で死んだと聞くと、まだ若く活気があり、そんな年で無いのに倒れたと直感的に感じ、80才でも死神の鎌に丁度良いかなと思う。このような変化を起こしたのに3つの要素があり、肉体的な快適さの進行、医学とその小間使いの衛生の女神、および外科学である。そして、恐ろしい実際の苦痛、今日までのどの時代にも拷問である肉体的な苦痛、および前世紀まで殆ど和らげられていない苦痛、を緩和するのに医学は比べものなく先頭に立っている。
 確かに前世紀に良い基礎が置かれて、人々は真の科学的精神で働いた。偉大な教師たちは前提になる本質的な問題すなわち身体の構成と機能を研究するように後継者を激励した。オランダの力強いブールハーフェ(1668-1738)は臨床観察に革命を起こした。イタリアのモルガーニ(1682-1771)は(ウィルヒョウ(1821-1901)の言葉によると)「解剖学的な考え方を医学に導入して」1世代後にドイツのハラー(1708-77)が生理学で行ったのと同じことを病理学で行った。その頃にジョン・ハンター(1728-93)は外科手術に基本的な改良を行っただけでなく、解剖学および生理学の問題を研究した。しかし推測や観察の不完全な解釈にもとづく古い理論の影響は、開業医の身体の上に重くのしかかっていた。18世紀の主な一般理論はエディンバラ大学のウィリアム・カレン(1710-90)とその弟子で助手のジョン・ブラウン(1736-88)によるものであった。前者は古い「体液」理論から大きく前進して正しい進路の上に乗って神経系を病気の座(場所)にした。後者はすべての病気を2つに分けた。亢進すなわち過剰な興奮によって起きる安静で治療するものと、無力すなわち興奮が低いと起き刺激により治療するもの、の2つであった。ヨーロッパ大陸ではライプチヒに住んでいて1795年から1810年にかけて偉大な学説を提起したハーネマン(1755-1843)はすぐ後に「ホメオパシー」(*患者の症状と同じ患いを起こす薬剤の使用)によって反対を受けた。この「ホメオパシー」は後にこの名前で呼ばれたものと非常に大きく違うが、根本的な基礎は残っている。その昔にヒポクラテスが述べていた「似たものは似たもので治…

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