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おきくと弟
おきくとおとうと
作品ID52542
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 8」 講談社
1977(昭和52)年6月10日
初出「国民新聞」1931(昭和6)年2月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者津村田悟
公開 / 更新2018-06-29 / 2018-05-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 空が曇っていました。
 正ちゃんが、学校へゆくときに、お母さんは、ガラス戸から、外をながめて、
「今日は、降りそうだから雨マントを持っておいで。」と、注意なさいました。
「じゃまでしかたないんだよ。もしか、降ったら、一、二っと駈けだしてくるから。」と、答えて正ちゃんは、すなおにお母さんのいうことをききませんでした。
 どこか、曇った空にも明るいところがあって、すぐに降りそうに思われません。お母さんは、新聞の天気予報には、どうなっているかとそれを見ようとなさっている間に、もう正ちゃんは、家を飛び出して、門を曲がってしまった時分であります。
「やはり、くもり後雨とある。なぜこう、いうことを聞かない人でしょう……。」と、お母さんは、ひとり言をされました。
 まだ、正午にもならぬうちから、はたして雨は降り出しました。はじめは細かで、目にはいらぬくらいでしたが、だんだん本降りになってきました。いくら元気な正ちゃんでも駈け出してくるわけにはいかないのです。
「おとなしく、雨マントを持っていってくれればいいものを……。」
 お母さんは、子供の身の上を心配なさいました。そして、もう学校の退ける時分に、女中に向かって、
「きくや、ご苦労でも学校までマントを持っていっておくれ。そして帰りに、どこか、げた屋へ寄って、あの鼻緒の切れたあしだの鼻緒をたてかえてきてくれない。」といわれました。
 晩の仕度をしかけていた十八ばかりになる女中は、奥さまのいいつけに従って、さっそく汚れた前かけをはずして、出かける用意にとりかかりました。まだ、この家に奉公して、三月とたたないので、坊ちゃんの学校をよく知らないのです。それで、奥さまから道を聞いて、雨の降る中をげたをさげ、マントを抱えて出かけてゆきました。
 もう、そろそろ授業が終わって、退けかかるので、おきくは、坊ちゃんが出てくるのを学校の入り口で立って待っていました。風の吹くたびに冷たい雨のしぶきが、彼女のほおにかかりました。天気のよくない日は、あたりが暗く、日がいっそう短いように思われたのです。小鳥がぬれながら、あちらの木の枝にとまりました。
「いまごろ弟は、どうしたろう……。」と、おきくは、故郷の小さな弟のことを思い出しました。
 こちらへくるまでは、雨が降ったときは、やはりこうして弟を迎えにいったのでした。自分がこちらへきてしまってから、もはや降っても、だれも迎えにいってやるものがありません。母親は、まだ幼い弟の守りをしながら、内職に忙しいからです。そして、北国は、いま冬の最中でした。こちらは、梅の花が咲きかけているが、そして雪ひとつないが、北国は、明けても暮れても、雪が降っているのであります。
「ほんとうに、弟は、どうしているだろう? もう、学校から、家へ帰った時分かしらん。」
 こんなことをぼんやりと考えているとき、坊ちゃんが、彼…

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