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はまねこ
はまねこ |
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作品ID | 52585 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 8」 講談社 1977(昭和52)年6月10日 |
初出 | 「国民新聞」1931(昭和6)年11月2日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 津村田悟 |
公開 / 更新 | 2019-04-28 / 2019-03-29 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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そこは北のさびしい海岸でありました。秋も末になると、海が荒れて、風は、昼となく夜となく吹いて、岩に打ちあたってくだける波がほえていました。この時分になると、白いかもめがどこからともなく、たくさんこの海岸に集まってきました。そして、波の上をかすめたり、岩に下りたりして、魚を捕ったのであります。
村の子供たちは、砂山の上で遊んでいました。
「はまねこが、今日は、たくさんいるなあ。」と、一人が、おどろいたように目をみはって、沖の方を見ていいました。このへんでは、白いかもめのことを、はまねこ、といっていたのです。
「沖が、荒れるんだろう。」と、ほかの子供が、いいました。
このとき、日は、もう西へはいりかけていました。遠く、その方を見ると、雲の切れめが、金色に光って、ものすごいうちに、くずれかけた悪魔のお城のような美しさがありました。そして、その下に、おおかみのきばのような、とがった嶺があり、もう、そこには、雪がきていて、頭が白くなっていたのであります。
「弓をこしらえて、はまねこを射ろうか?」
「はまねこなんか、とったって、たべられはしないや。」
「ううん、はまねこは、うまいというぜ。」
「はまねこをとると、よくないことがあるというから、だれもとらないのだよ。」
「うちのおじいさんがいった。はまねこを殺すと、海があれて、船が、難船するって。」
「難船でない。漁がないというんだぜ。」
いつしか、子供たちは、こんなことをいって争いました。そして、毎日のように見ているはまねこを、さも不思議そうにながめていたのであります。どうして、こんなことをいうのか?
この海岸の村に、つぎのような、昔噺が伝わっていたためです。
遠い、遠い、昔のこと、ある武士が、この浜でかもめを射ました。しかし、矢は、すこし外れて、片方の翼を傷つけたばかしです。傷ついたかもめは、くるくると落ち葉のように空をまわりながら、漁師の家の庭さきに落ちました。ちょうど網の破れめを直していた、人のいい漁師は、鳥が落ちてきたので、すぐ飛び出してみました。そして、だれか射ったのだということがわかると、
「おお、命にさわりのない傷だ。かわいそうだから、助けてやろう。」といって、その鳥を人の目にとまらぬところに隠したのであります。そして、漁師は、知らぬ顔で、また網を直していました。
そこへ、弓を持った、武士がはいってきました。
「このあたりへ、鳥が落ちなかったか? たしかに、ここへ落ちたと思うが……。」と、武士がいいました。
漁師は、知れたらたいへんだと思いましたが、あわれな鳥を助けてやりたいばかしに、
「いいえ、ここへは、そんな鳥など落ちてまいりません。鳥というものは、命がありますと、落ちてから、どこへか地の上をはいますものですから。」と、まことしやかに、答えました。
「はて、おかしなことがあるものだな。」…