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奥さまと女乞食
おくさまとおんなこじき
作品ID52620
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「教育研究」1930(昭和5)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者七草
公開 / 更新2016-01-06 / 2015-12-24
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 やさしい奥さまがありました。あわれな人たちには、なぐさめてやり、また、貧しい人たちには、めぐんでやりましたから、みんなから、尊敬されていました。
 冬になると雪が降りました。そして、いままで、外で働いていたものは、仕事をすることができなくなりました。家にいてさえ、寒い日がつづいたのであります。
「ああこんなような日には、食べるものもなく、また、たく薪もなく、困っているものがあるにちがいない。それを思うと、私たちはしあわせだといわなければなりません。」
 奥さまは、外を見ながら、こんなことを考えていられました。すると、窓の下を旅人がわらじをはいて、歩いてゆきます。また、重い荷をそりにつけて、男が、うなりながら引いてゆきます。つぎには、あわれな女乞食が、子供をおぶって、あちらからやってきましたが、日ごろから、やさしい奥さまが、窓をのぞいていられたので、頭を低く下げて、恥ずかしそうに、
「どうぞ、奥さま、なにかめぐんでやってください。」と、願いました。
 女の身一人でも、この季節に食べてゆくことは困難であろうのに、こうして、子供があっては、なおさら、困るにちがいないと、奥さまは深く同情せられました。女のおぶっている子供は、脊中で、泣いていました。
「どうして、そんなに、その子は泣くの?」と、奥さまは、聞かれました。
 すると、女乞食は、訴えるように、奥さまの顔を見上げて、
「この寒さに、かぜをひいたのでございます。」と答えた。
 これを聞くと、奥さまは、自分の体に、悪寒を感じたような気がしました。かぜをひいているのに寒い風にあたってはよくないだろう。そして、こんなにうす着では、ますます冷えるばかりだろう。しかし、この女には、どうすることもできない。
「まあ、それはかわいそうに……。」と、奥さまは、同情されました。なんといって、なぐさめたらいいか、奥さまには、わからなかったのでした。
 奥さまは、内へはいって、もちや、お菓子や、また、紙に包んだ銭を持ってこられて、
「帰ったら、この子にやってください。」といって、女乞食に渡されました。
 乞食は、目に涙をためて、幾たびも幾たびも頭を下げて、窓の下を去りました。
 後で、独り、奥さまは、ぼんやりと、思われたのです。もし、これが、うちの子であったら、どうだろう、あのかわいい坊やが、かぜでもひいたのだったら、どうだろう? 私は、こうしていられはしない。私は、いてもたってもいられはしない。私は、気が狂うばかりに、大騒ぎをするにちがいない。そして、あんなに泣くのを、じっとして聞いていられないだろう……。
「こうも、人間は、境遇によって、心の持ち方がちがうものかしらん。」と、考えていられました。
 このとき、隣の年とった女房が、粉雪のちらちら風に舞う中を、前垂れを頭からかぶって小走りにやってきました。そして、窓の下のすぐ奥さま…

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