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かね
作品ID52624
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 7」 講談社
1977(昭和52)年5月10日
初出「童話の社会」1930(昭和5)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者館野浩美
公開 / 更新2019-10-12 / 2019-09-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 K町は、昔から鉄工場のあるところとして、知られていました。町には、金持ちが、たくさん住んでいました。西の方を見ると、高い山が重なり合って、その頂を雲に没していました。そして、よほど、天気のいい日でもなければ、連なる山のすがたを見つくすことができなかったのであります。
 その山おくにも、人間の生活が、いとなまれていました。ひとりの背の高い、かみのぼうぼうとした、目ばかり光る、色の黒い男が、夏のさかりに、大きな炭俵をおって、このけわしい山道を歩いて、町へ売りにきました。じぶんが木をきり、そしてたいて製造したものを、売りに出て、その金で、食べ物や、着る物を買って、ふたたび山へはいるにちがいありません。それは、いくらかせいでも、しれたものです。これだけで、人間が、一年じゅうの生活をすると考えると、ひとつの炭俵にも、命がけのしんけんなものがあるはずでありました。
 ある夏のこと、男は、汗をたらして、重い炭だわらを二つずつおって、山をくだり、これを町のある素封家の倉へおさめました。この家は、けちんぼということで、町でもだれ知らぬはなかったのです。そのおさめ終わった日に、男は代金をせいきゅうしますと、おさめた俵数より、二俵少なく、これしかうけとらぬから、それだけの代金しかはらえないというのでした。
「そんなはずはない、十俵いれました。」と、男は庭さきにつったって、いいました。
「八俵しか、いれてない。そんないいがかりをつけるなら、倉にはいってかぞえてみるがいい。」と、主人は、いたけだかになりました。
 男は、山を五たび下って、またのぼったきおくがあります。それで倉にいって、数をかぞえてみると十いれたものが、八つしかなかった。かれの顔は、土色となりました。しかたなく、八俵の代金をふるえる手で、うけとると、おそろしい顔をして、このいかめしい門のある家をみかえって出ていきました。
 男は丘の上に立って、K町を見おろしながら、
「死んでも、忘れやしねえぞ。」といった。
 そのとき、少年は、かれのみすぼらしい、いかりにおののいた姿をみたのです。目の下に、林のごとく立った、えんとつからは、黒いけむりが、青い空にのぼっていました。
 その後、だれの口からともなく、うわさにのぼった、金持ちが、山男の炭代をごまかしたというのをきいたとき、少年は、ある日、けっして、男は、気がくるっていたのではないのを知りました。そして、この素封家の前を通るたびに、いかめしい門をにらんだのであります。
「あのしんだいで、そのうえ、鉄工場の、利益配当が、たくさんあるのに、なんで、山男の炭なんかをごまかすような、けちなことをするのか。」
 こういう、人の話をきくときに、少年には、みすぼらしい、いかりにもえた、山男の姿が、目にみえたのでした。
 他国の寺から、大きなぼん鐘をこの町でひきうけたのは、それからのちのこ…

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