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銀のペンセル
ぎんのペンセル
作品ID52627
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 7」 講談社
1977(昭和52)年5月10日
初出「児童時代 創刊号」1930(昭和5)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者きゅうり
公開 / 更新2020-06-11 / 2020-05-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三味線をひいて、旅の女が、毎日、温泉場の町を歩いていました。諸国の唄をうたってみんなをおもしろがらせていたが、いつしか、その姿が見えなくなりました。そのはずです。もう、山は、朝晩寒くなって、都が恋しくなったからです。
 勇ちゃんも、もう、東京のお家へ帰る日が近づいたのでした。ここへきて、かれこれ三十日もいる間に、近傍の村の子供たちと友だちになって、いっしょに、草花の咲いた、大きな石のころがっている野原をかけまわって、きりぎりすをさがせば、また、水のきれいな谷川にいって、岩魚を釣ったりしたのであります。
「君、もう、じきに東京へ帰るのか。」と、一人の少年が勇ちゃんにききました。
 その子は顔がまるくて、色の黒い快活の少年でした。勇ちゃんは、この少年が好きで、いつまでも友だちでいたかったのです。
「君のお家が東京だと、いいんだがな。」と、勇ちゃんは、いいました。
「君のお家こそ、こっちへ引っ越してくれば、いいのだ。」と、少年は答えました。
 空の色が、青々として、白い雲が高く野原の上を飛んでゆきます。
 あとの子供らは、いつか、どこかへいってしまったのに、その少年ばかりは、名残惜しそうに勇ちゃんのそばから、いつまでもはなれずにいました。
「いいとこへ、つれていってやろうか。」と、少年は先に立って、草を分けて、山の方へ歩きました。
「どこへゆくんだい?」
 勇ちゃんは、顔をあげて、いくたびもあちらを見ました。少年は、だまって歩いていましたが、やがて目の前に、林が望まれました。葉風が、きらきらとして、木の枝は、風にゆらめいていました。もう口を開けているくりの実がいくつも、枝のさきについているのでした。
「僕、見つけておいた、いいものを取ってきてあげるから、ここに待っていたまえ。」と、少年は雑木林を分けてはいりました。そして、あちらの、こんもりとした、やぶのところへいって、しきりと、つるをたぐり寄せていました。勇ちゃんは、後ろについてはいる勇気がなく、林の端に、立って待っていると、少年は紫色のあけびの実をいくつも、もいできてくれたのであります。
「この森には、りすがいるから、みんな食べてしまうんだ……。」と、少年は、いいました。
 勇ちゃんは、はじめて、りすは、こんなところにすんでいるのかと知りました。
「東京へ持って帰って、お土産にしよう。」
 勇ちゃんは、兄さんや、姉さんや、また、近所の叔母さんに、これを見せたら、どんなに喜ばれるだろうと思いました。
「東京へ持って帰るなら、まだ、いいものがあるぜ……。高山植物が、いいだろう……。」
「高山植物があるの?」
 勇ちゃんは、少年について、こんどは山の方へ上ってゆきました。山と山の間になっている谷合いにさしかかると、日がかげって、どこからか、霧が降りてきました。岩角に白い花が咲いているのを、少年は、見つけて、
「これ…

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