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熊さんの笛
くまさんのふえ
作品ID52630
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-07-21 / 2020-06-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 熊さんは、砂浜の上にすわって、ぼんやりと海の方をながめていました。
「熊さん、なにか、あちらに見えるかい。」と、いっしょに遊んでいた子供がたずねると、
「ああ、あちらは、極楽なんだよ。いつもお天気で、あたたかで、花がさいて、鳥が鳴いているところだ。」といいました。
「どうして、そこへはゆけるの……。」と、子供は聞くと、
「ちょっとゆけないけれど、俺には、ありありと、その国が目に見えるので。」といいました。
 子供たちは、熊さんのそばへ寄ってきました。そして、いっしょに砂浜の上にすわって、沖の景色をながめたのであります。
 夕焼けのした、あちらの空には、美しい雲が、ちょうど、花びらの散ったように、漂っていました。そこで、冷たそうな波が、ただそれを洗っているようにみえるばかりでした。
「私には、なんにも見えない……。」と、子供はいいました。
「おまえたちが、俺みたいに、笛が上手になれば、極楽の景色が見えるようになるよ。いま、俺が笛を吹くと、あちらで、天人たちが、耳を傾けて聴いているのだ……。」
 熊さんは、こういって、持ってきた笛を吹きました。笛の音色は、澄みわたって、晩方の海を、波の上を、ただよいながら、遠く、遠く、流れていったのです。そして、ほんとうに、あちらのはてしない夕焼けの空まで、達するごとくに思われました。
「昨日よりも、今日は近くなって見えるな。」と、熊さんはいいました。
 熊さんが、笛の名人であることは、村の人で知らぬものはありません。子供たちは、だまって、熊さんの吹く笛の音を聴きながら、沖の方をながめていました。そのうちに、まったく、日が沈んでしまったのであります。
「さあ、帰ろうか……。」
 熊さんは、立ち上がりました。子供たちは、いっしょに後からついて、村の方へ帰ってゆきました。
 まだ、独り者で、正直な熊さんは、みんなからかわいがられていました。子供たちは、学校から帰って、熊さんのところへやってきました。
「熊さん、僕に、笛を造っておくれよ。」と、頼みますと、
「ああ、そのうちに、いい竹を見つけて、造ってやろう……。」といいました。
「いつ、造ってくれるの?」
「いい竹が、見つからなけりゃだめだ。」
「竹やぶへいって、いいのを切ってくれば、いいじゃないか?」と、子供がいいますと、熊さんは、笑って、
「枯れた竹で造らなけりゃ、割れてしまうぜ。この冬、竹を切ってきて、枯らしてから、いい笛を造ってやろう。それまでに、ここにある笛で、けいこをするといい。」といいました。
 いつしか、冬となりました。あたりは、灰色となって、雪がちらちらと降って、森や、林に、白く、綿をちぎって、かけたような日でありました。
「熊さん、僕に、やまがらの鳴くような音の出る笛を造っておくれ。」と、一人の子供がいいますと、
「僕にもね。」と、ほかの一人がいいました。
 す…

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