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![]() さむいひのこと |
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作品ID | 52633 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 6」 講談社 1977(昭和52)年4月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | へくしん |
公開 / 更新 | 2022-02-22 / 2022-02-07 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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それは、もう冬に近い、朝のことでした。一ぴきのとんぼは、冷たい地の上に落ちて、じっとしていました。両方の羽は夜露にぬれてしっとりとしている。もはや、とんぼには、飛び立つほどの元気がなかったのです。
昨日の夕方、彼は、この山茶花のところへ飛んできました。さびしくなった圃の方から夕日の光を身に受け、やってきて、この美しい、紅い花を見たときに、とんぼは、どんなに喜んだでありましょう。
「まだ、こんなに、美しい花が咲いているではないか。そう悲しむこともない。」と、思ったのでした。
彼は山茶花の葉の上に止まりました。そこにも、あたたかな夕日の光が、赤々として輝っていました。
「このごろ、あなたたちの姿を見ませんが、あなたは、おひとりですか?」と、山茶花はとんぼに向かって、たずねました。
「みんな、もういってしまったのです。」と、彼は、答えたが、さすがに、そのようすは、さびしそうであった。
ほんとうに、いつのまにか、こんなに、寂しくなったろう。ついこのあいだまで、やかましいくらい鳴いていたせみもいなくなれば、またとんぼの影も見えなくなったのでした。
「あなたは、どうして、ひとり残ったのですか。」と、山茶花は、けっして、悪いつもりではなく、思ったままをたずねました。
「私は、まだゆきたくないのです。もっと遊んでいたいのです。こうして、美しい花が咲いているのですもの……。」と、とんぼは答えた。
山茶花は、夕日に、赤い花弁をひらめかしながら、
「花といいましても、私は、冬にかけて咲く花なんですよ。あなたのお友だちで、私の姿を見ないものがたくさんあると思います。」といいました。
とんぼと山茶花は、それから、四方山の話をしているうちに、日はまったく暮れてしまった。花は、闇の中で、とんぼを見ることができなかった。その晩は、前日よりもさらに冷たかったのであります。
翌日、山茶花は、あたりが明るくなったときに、とんぼの止まっていたあたりを見ますと、そこには、小さな影が見えなかった。どうしたのだろう? と、花は、思ったのでした。
うすく湿った、地面に落ちたとんぼは、もう話しかけることすらできなければ、その身を運命にまかせるより、ほかになかったのでした。やがて、ありが、それを見つけたら、自分たちの巣の方へ引いてゆくでありましょう……。
このとき、お嬢さんが、窓から、山茶花を見ていましたが、げたをはいて、庭へ出てきて、木の下に立ったのです。
「日当たりがいいから、まあ、よく咲いたこと。」といって、花を指さきでつついていましたが、ふと足もとを見て、そこに、とんぼが落ちているのに気づくと、
「まあ、かわいそうに……。」といって、お嬢さんは、拾い上げました。
「きっと、昨夜、寒かったので、飛べなくなったのだわ。」
彼女は、どうかして、とんぼを元気づけて、飛ばしてやりたいと思いま…