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なまずとあざみの話
なまずとあざみのはなし
作品ID52650
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「赤い鳥」1928(昭和3)年5月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2021-10-25 / 2021-09-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 春の川は、ゆるやかに流れていました。その面に、日の光はあたって、深く、なみなみとあふれるばかりの、水の世界が、うす青くすきとおって見えるように思われました。
 この不思議な殿堂の内には、いろいろの魚たちが、おもしろおかしく、ちょうど人間が地の上で生活するときのように、棲息していたのであります。なかでも、小さな子供たちは、毎日群れをなして、水面へ浮かび、太陽の照らす真下を、縦横に、思いのままに、金色のさざなみを立てて泳いでいました。そして晩方、岸の暗いすみの巣のあるところへ帰ってくると、自分の親たちや、またほかの魚たちに、見てきたいろいろのことを物語ったのでした。
「大きな船がいったぞ。そのときは、おれたちは、波の中へ巻きこまれようとした。やっと急いでほどへだたった、安全な場所へ避けることができた。船の上では、ほおかむりをした男が、たばこをすっていた。」
「あちらの岸の方には、人間が、いくたりも長いさおをもっていったりきたりしていた。お父さんや、お母さんたちも、気をつけんければならん……。」
 あかあかと水の上をいろどって、夕日は沈みました。水の中は、いっそう、暗く、うるわしいものに思われました。このとき、銀のお盆を流したように、月が照らしたのです。
「おまえたちも、あんまり方々を遊び歩かないほうがいいよ。日が暮れると、やっと安心するのだ。私たちは、今日も無事に幸福に、送ることができたと思うのだよ。」と、魚の親たちは子供たちを見まわしながらいいました。
「お父さんも、お母さんもお休みなさい。」と、子供たちはいった。
「みんなも、つかれたろうから、よくお休みよ。」と、親たちは、答えた。そして、魚たちは、巣の深みへじっとして、静まったのであります。
 このとき、ひとり、なまずのおばさんは、穴の中から出て、だれはばかるものもなく、大きな口を開けて、水の中で、盲目になって、まごついている虫どもをのみはじめたのでした。おばさんの頭にさしている長い二本のかんざしは、月の光が水の中までさしこんだので、気味悪く光ったのです。
「昼間は、いろいろな魚たちが、わいわいいっているので、うるさくてしかたがないが、夜は私の天下だ。」と、なまずのおばさんは、大きな口でぱくぱくやりながら、へびのようにしなやかな尾をひらひらさして歩いていましたが、そのうちに、すさまじい勢いで、うなって、体を四苦八苦にもみ、ゆり動かすと、いくたびも水の中で転動しながら、どこかへ姿をかくしてしまいました。
 物蔭から、このようすを見ていた魚がありました。その魚たちは、小さな声でささやいたのでした。
「まあ、どうしたのでしょう?」
「あのしゅうねん深い、おそろしいおばさんが、あんなに苦しんだのを見たことがない。なんでも、思いがけない敵のために、ひどいけがをしたのですよ。」
「それに、ちがいありません……。なんと…

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