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南方物語
なんぽうものがたり
作品ID52652
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「赤い鳥」1928(昭和3)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2022-02-07 / 2022-01-28
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 北の方の町では、つばめが家の中に巣をつくることをいいことにしています。いつのころからともなく、つばめは、町の人々をおそれなくなりました。このりこうな鳥は、どの家が、朝早く起きて、戸を開けるか、またどの家には、どんな性質の人が住んでいるか、また、この家は、規律正しいかどうかということを、よく見ぬいていました。それでなければ、安心して、家の中に、巣はつくれなかったからです。また、大事な自分たちの子どもをも育てられなかったからです。
 つばめのいいと思った家は、ほんとうにいい家であったから、巣をつくるのは、無理もなかったのでしたが、もう一つこれには、町の人が、なぜこんなにつばめを愛するかという話があります。
 それは、昔のことでした。この海岸に近い町の人々は、船に乗って、沖へ出て漁をしていました。
 ある日のこと、幾そうかの船は、いつものごとく青い波間に浮かんで、漁をしていたのです。すると、天気がにわかにかわって、ひどい暴風となりました。いままで静かであった海原は、さながら、白くにえかえるようになり、風は、吹きに吹きすさみました。たちまち、幾そうかの船は、くつがえってしまった。そして、その中の、ただ一そうの船は、遠く遠く沖の方へ吹き流されてしまったのです。
 暴風がやんだときに、この一そうの船は、まったくひろびろとした海の上に、あてもなく、ただよっていました。どちらが北であり、どちらが南であるかさえわからなかった。
 この船に乗っている三人のものは、たがいに顔を見合って、ため息をつきました。生も、死も、運命にまかせるよりほかに、みちがなかったからです。
 ふしぎに船は、くつがえりもせず、波にゆられて風のまにまに、すでに幾日となく海の上をただよっていました。三人は、つねに、こうしたときの用意にしまっておいたかつお節や、こんぶなどをとり出して、わずかに飢えをしのいだのでした。
 今日は、船に出あわないか、明日になったら、どこかの浜に着かないかと、空しい望みを抱いて、ただ、海から上った太陽をながめ、やがて、赤く沈んでゆく太陽を見送ったのです。
「どうかして、すくわれたいものだな。」
 ひとたびは、死を覚悟したものが、こうして毎日、おだやかな海を見るうちに、どうかして生きたいという希望に燃えたのでした。
 のろわしい風も、いまは、やさしく彼らの耳にささやき、ほおを吹いたのであります。船は、あてもなくただよって、ただ、風がつれていってくれるところへ着かなければなりませんでした。
 海の上に、うすく霧がかかって、一日は、むなしく暮れてゆく時分でした。あちらに、赤い火影をみとめたのです。
「火だ、火だ。」
 三人は、じっと、それをながめました。急に、元気がわいて、かじを取って、その方へいっしょうけんめいに船を進めるのでした。火は、だんだん近くなりました。小さな燈台のよう…

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