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春の真昼
はるのまひる
作品ID52655
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2018-04-21 / 2020-11-01
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 のどかな、あたたかい日のことでありました。静かな道で、みみずが唄をうたっていました。
 田舎のことでありますから、めったに人のくる足音もしなかったから、みみずは、安心して、自分のすきな唄をうたっていました。
「おれほど、こう長く、息のつづくうまい歌い手は、世間にそうはないだろう。」と、心のうちで自慢していました。
 あたたかな春風は、そよそよと空を吹いて、野原や、田の上を渡っていました。ほんとうに、いい天気でありました。あたりのものは、みんな、みみずの鳴き声にききとれているように、だまって、ほかに音がなかったのです。
 このとき、ふいに、田の中から、コロ、コロ、といって、かえるが鳴き出しました。
「はてな、なんの音だろう?」と、みみずは、ちょっと声を止めて、その音に耳をすましましたが、すぐに、あの不器量なかえるの鳴く声だとわかりましたから、
「かえるのやつめが、負けぬ気でうたい出したわい。」と、みみずは、それを気にもかけぬというふうで、ふたたび唄をうたいつづけたのであります。
 かえるも、なかなかよくうたいました。水の中から頭を出して、うららかにてらす太陽を見上げて、思いきり、ほがらかな調子でのどを鳴らしたのでした。
「あの日蔭者の陰気な唄と、私の唄とくらべものになるかい。お日さまにうかがってみても、どちらが上手かわかることだ。」と、かえるは、ひとり言をしたのでした。
 けれど、お日さまは、もとより、どちらがうまいなどとは、いわれなかったのです。
「みみずも、かえるも、よくうたっているな。」と、目もとにほほえんで、地上を見下ろしているばかりでした。
 みみずは、思いきり息を長く引いて、ジーイ、ジーイ、といい、かえるは、太く、短く、コロ、コロ、といって、うたっていました。
 ちょうど、そこへ、どこからか二羽のつばめが、飛んできて、電線にとまると、ふたりの唄に耳を傾けたのです。
「ああ、なんというやさしい唄の声だろう……。」と、一羽のつばめは、いいました。
「ああ、なんという春の日にふさわしい、陽気な、ほがらかな鳴き声だろう……。」と、ほかのつばめはいいました。
 甲のつばめは、みみずの唄をいいといい、乙のつばめはかえるの鳴き声をいいといいました。そしてこんどは、いつか、二羽のつばめが、争いはじめたのです。
「あの、コロ、コロ、いう鳴き声は、私が、ここから遠い、東の方の町を飛んでいるときに、白壁の倉のある、古い、大きな酒屋があった。つい入ってみる気になって、ひさしから奥へはいると、美しいお嬢さんが、琴を弾じていた。ちょうど、そのとき聞いた、美妙な琴の音を思い出す。」と、乙のつばめは、かえるの鳴き声をほめました。すると、甲のつばめは、
「私は、去年の夏の日、北方の青い、青い森の中を飛んでいました。そのとき、木の枝にからんだ、つたの葉の上に止まって、なんという虫か…

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