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二人の軽業師
ふたりのかるわざし |
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作品ID | 52660 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 7」 講談社 1977(昭和52)年5月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 館野浩美 |
公開 / 更新 | 2019-09-08 / 2020-11-01 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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西と東に、上手な軽業師がありました。綱から、綱に飛びうつり、高いはしごの上でもんどりを打ち、見ていて、ひやひやすることをも手落ちなく、やって見せましたから、その評判というものは、たいへんなものでありました。西の方の人は、西の都で、興行をする甲の男をほめました。東の方の人は、東の都で、興行をする乙をほめました。
「さあ、どちらがうまいだろうな。」
両方の軽業師のするのを見たものは、頭をかしげました。それほど、この二人の芸は、人間ばなれがしているといってよかったのです。最初から、こんなあぶない芸当というものはできるものでありません。それには、血の出るようなけいこを積んだからです。
いつしか、西の都で、人気を呼んでいる甲の耳に、東の都で、やはり、たいへんな人気を呼んでいる乙の評判がはいりました。
「そんなに、乙は、うまいかな。ひとつ、こっそり見物に出かけてみよう。」と、甲は、思いました。
だれにも気づかれないように、甲は、東の都へ、乙の芸当を見にやってきました。そして、ふつうの見物人にまじって、ながめていました。高い、高い、空中から、ぶらさがっている止まり木の手を放して、あちらに下がっている止まり木につかまる、あぶない芸当は、ほんとうに、見ているものをひやひやさせました。
「なるほど、これはうまいものだ。ふつうの芸人ではできないことだ。なにか、深い研究をつまなければ、こんな人間ばなれのした芸はされるものでない。」甲は、つくづく感心して、西の都にもどりました。
その後、乙の評判をするものがあると、甲は、いっしょになって、乙をほめました。
「あの芸は、とうてい私にはできません。乙こそ名人です。」といって、謙遜したのです。
ちょうど、それと同じように、東の都で、評判を取っている乙の耳にも、西の都の、甲のうわさがはいりました。
「そんなに、甲は、偉い軽業師かしらん。ひとつ、こっそりといってみよう。」と思いました。そして、甲がしたように、乙も、そのことをだれにも告げずに、西の都へ出かけてゆきました。
これは、まったく、飛びはなれた業であります。高い、高い、空中から、飛び降りて、はるか下に張られた一本の太い綱をつかむのであります。まったく、命を投げ出してするのでなければ、いくら熟練をしても、思いきって、できることではないのであります。
「なるほど、たいしたものだ。これは、人間のしわざでない。」と、深く感歎して、乙は、東の都へもどりました。
二人の軽業師は、たがいに相手の芸をほめたのであります。そして、二人は、いずれも一度、あって近づきとなり、芸について話し合ってみたいと思っていました。
二人の思いが達せられるときがきました。甲と乙とは、あるところで出あったのであります。
「あなたこそ、まったく、人間の力ではできないような、芸当をなさいます。私は、感心していま…