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珍しい酒もり
めずらしいさかもり |
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作品ID | 52666 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 6」 講談社 1977(昭和52)年4月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 栗田美恵子 |
公開 / 更新 | 2019-06-05 / 2020-11-01 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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北の国の王さまは、なにか目をたのしませ、心を喜ばせるような、おもしろいことはないものかと思っていられました。毎日、毎日、同じような、単調な景色を見ることに怠屈されたのであります。
このとき、南の国へ使いにいった、家来が帰ってまいりました。なにかおもしろい話を持ってこないかと、さっそく、その家来にご面会になりました。
「ご苦労だった。無事にいってこられて、なにより、けっこうのことだ。南の国王は、達者でいらせられたか……。」と、おたずねになりました。
家来は、長い旅をしたので、顔の色は、日に焼けて、頭髪は、雨や、風に、たびたび遇うたことを思わせるように、伸びて乱れていました。
「南の国王は、お達者でいらせられます。そして、毎日、愉快にお暮らしになっていらせられます。帰ったら、よろしく申しあげてくれいとの、お言葉でありました。」と、家来は、申しあげました。
北の国の王さまは、うなずかれてから、
「それは、けっこうなことだ。しかし、ほんとうに南の国王は、愉快に日を送って、おいでなされるか?」と、問いました。
家来は、両手を下について、
「毎日、それはそれは愉快に、日を暮らしていらせられます。南の方は、こちらよりは、ずっと日が長いように思われますが、それでも、国王は、短いといって、嘆いていられたほどであります……。」と、お答え申したのでした。
北の国王は、不思議のように思われました。自分には、どうして南の国のような、楽しいことがないのだろうかと、かなしく思われたのでした。
「自分は、明けても、暮れても、この単調な景色を見るのに飽きてしまった。やがて、広い野原は、雪におおわれることであろう。どうして、自分には、そうしたおもしろいことがないのであろうか?」と、おっしゃられました。
家来は、王さまの顔を見上げながら、
「南の国王も、かつては、お怠屈でいらせられたようでございます。しかるに、一度、城下にさまよっています、あらゆる哀れな宿なしどもをお集めなされて、ごちそうなされ、彼らが見たり、聞いたりした、珍しいことを、なんなりと言上いたせよと、命令あったために、彼らは、いろいろのことを申しあげたのでありました。彼ら、宿なしどもは、北といわず、南といわず、西といわず、東といわず、平常諸方をあるきまわっていますから、世の中の不思議なことを知っていました。また、彼らの中には、まれには、学者のおちぶれも、まじっていますので、およびもつかない天界のことや、または吉凶の予言みたいなことまでも申しあげます。……それ以来というもの、国王は、世の中の、いろいろなことに、ご興味をもたせられて、あるときは、ご旅行をあそばされ、またあるときは、ご研究に月日をお費やしあそばされるというふうでありました……。」と、申しあげました。
北の国の王さまは、しばらく、頭を傾けて、お考えなされまし…