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予の恋愛観
よのれんあいかん
作品ID52735
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「新小説 第二十八巻第六号(六月号)」春陽堂、1923(大正12)年6月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-17 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 先日東京から遊びにきた(古典派洋画家と自ら称ふ)友人と珍しく僕は海辺を歩ひた。大きな松の傍にきた時彼は突然「うむ……これか……」と叫んで立ち止つた。で僕が怪し気な顔をすると彼は「君は此処に住んでゐてこれを知らないのか。」と更に怪し気な顔で僕を見返つた。さうゆうわけで僕が驚いたのではない。彼の調子が余りに唐突だつたからである。紅葉山人の記念碑で僕は前から知つてゐた。僕は全く彼の気持にそぐはなかつたので、だまつて横を向いた。知らないよ――と僕が云つたらしく確かに彼は思つたらしい。僕は彼に調子を合せるよりも嘘をつくことの方が楽だつた。彼は無智なる僕に見せつけてやれといふ風に、囲みの中へ打ち昇り、石碑の背後に回つて恰も体格検査でもする如く見上げ見降し、また面に回り「宮に似たうしろ姿や春の月……か。」など、読んで薄気味悪くも微笑を洩して点頭いたり、「宮といふ字が斯う書いてあつては君には読めねエだらう。」などゝ離れてゐる僕に声をかけたりした。それから彼は紅葉の芸術を説き其恋愛観を批判し遂に新時代を軽蔑し、ついでに僕の小説を罵倒した。僕は鎖をもつて無理に引きづられるかたちで、だがヨク聞いてはゐなかつたから、フラ/\と歩いてゐるうちに遂々魚見崎迄歩いて了つた。「何も貫一に限らないが、他の例が鳥渡出ないからだが、ぢや君は貫一に同感はないと云ふのかネ。君達は駄目だ、一寸した道具立の相違だけでイヤに古きと新しきを区別する、ワザとらしいとか何とか云ふ、それでゐて百年も前のフランスあたりの余り名前の知れないデカダン詩人かなぞなら文句もないんだらう。就中恋愛に進化はなしだ 中戸川吉二の北村十吉といふ小説を君は傑作だとまで云つてHに話したさうだが、それで僕も読んだ。何故君は北村十吉の恋愛を口にしながらロミオとジユリエツトのことを語らないか、ヘルマンとドロテアの話を何故に避けるか。」僕は余りに馬鹿々々しくて癪に触つたので「君は素晴しいオプテイミストだよ。」と毒口のつもりで笑つた。僕は確かに「北村十吉」を彼の友人なる小説家Hにさう語つたが、彼にこんな場合引合ひに出されて迷惑した。処が彼は余りに真面目だつた。「君には僕の云ふことが解らないんだ。……あゝ僕は焦れツたくなつた。頭がこんがらがつて了つた。僕急にセンチメンタルになつた、許して呉れ、今夜徹夜をしたい、さうして僕の例の恋の話を君聞いてくれ、もう一度。」――「論談と小説の話は止さう。君の恋の話しを聞いてもいゝよ。」こゝに至つて僕は彼の一種の真剣味に打たれ、寧ろ自らに恥多き感がした。「君も話せ。」と彼は言つた。俺は厭だと僕は答へた。「そんならなほイヽさア帰らう。」と彼は促す。「俺ウント酒を飲むぞ。」と僕は好意で云つた。「今日は酒は止してくれ。君は厭だア、直ぐに酒の肴にして楽しまふとするんだもの。」――折角収まりかゝつた僕の気持は再びムズ/\…

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