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どうしたら私は憐れな彼女を悸さずに済せるだらう
どうしたらわたしはあわれなかのじょをおどさずにすませるだらう
作品ID52756
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「手帖 第一巻第六号(八月号)」文藝春秋社、1927(昭和2)年8月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-08-24 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 或望遠鏡製作所に居る友達を私は頻りに訪れてゐる、私は或望遠鏡を彼に依頼したのである、その眼鏡の構造を此処に述べるのは大変だから省かう。
 どうせ忙しい友達が仕事の合間を見計つて徐々と組み立てるのだから何時仕上るか解らない、彼と私と共同で設計した少々型ちの変つた眼鏡でウマク行けば今の私にとつては得難い侶伴になる筈だ。――私達は静かに亢奮してギンザ裏のバーを次々に工房に変へて行つた。彼のポケツトからはコンパスや鉛筆や定規などが煙草の間もなしに出し入れされるのであつた。私は紙挟みを開いて、ケント紙に線を加へ数字を記入しながら、滅多に眼ばたきもしなかつた。
 ――独りの部屋に帰つて窓先きを眺めてゐると棕櫚の樹の葉蔭に何時もの梟が来てゐる、誰も悸す者がないので彼女は明方になると其処に戻つて来て終日のネグラにしてゐる、或日の夜明け時に飛び帰つて来る姿を私は一度見たこともある。――私の眼鏡が出来上ると憐れな彼女は私の窓に悸かされはしないだらうか? と私は怖れた、そんなことは今迄忘れて友達との設計のみに没頭して来たのだつたが! 私の窓から突き出るであらう遠眼鏡は鉄砲の筒先きに似てゐる、伸し切ると細くステツキ程の長さになるのだ、樹々の間をすかして海を見降すには如何してもステツキの長さに伸し切らないと渚の人達の顔の判別はつくまい。
 棕櫚の梟がこの二三ヶ月の間どんな親しい言葉を私に囁いて来たかは省かう。



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